間違えられた少女【文章のみ】
🕑 Added 2021-10-01 09:40:33 +0000 UTC
「えっ、縛られてる?!ここどこ?」
走行中の車の中少女は目を覚ました、二車線道路の左側、流れる景色のスピードはそこが一般道路ではない事を物語っていた。背中で組まされた両手は厳重に縛られている様で全く動かせない、視線を落とすとシートベルト以外に胸と足に巻きつく無数の縄が目に入ってきた。
さっきまで学校帰り通学路を歩いていたはずが一転、状況を受け入れられないまま少女は視線を運転席の方に向けると、車を運転している男とバックミラー越しに目が合った。
「縄山高校2年佐藤 ゆみ、個人的な恨みはないが上の命令でね、拐わせてもらったよ」
男は多くを語る気はない様でそれ以降口を開こうとはしなかったが、少女が違和感に気づくには十分な情報だった。
「私、佐藤ゆきです」
「え?」
「それに縄山高校でもありません」
男は無言でポケットから一枚の写真を取り出し、写真の主と今後ろの席で厳しく縛り上げられている少女を何度も見比べると、静かに言った。
「間違えた……」
「それなら、解放してください」
運が悪かったではとても片付けられない、もしこのまま助からないなんて絶対納得できることではない、追い詰められた感情が溢れ、ゆきの目には涙が滲んでいた。
諸悪の根源である男もまた、ゆきに負けず劣らずの落ち込みっぷりで悲痛な表情を浮かべている。
「もしもし例の女ですが……」
男はスマホで誰かと話しはじめた、話している内容は言わずもがなゆきの事の様だった、電話越しに何度も謝罪を繰り返している。
「分かりました、すいません」
最後に一度謝罪しスマホを切ると、男は重苦しく切り出した。
「すまないが、君を返すわけにはいかない」
「え?どうしてですか?」
「これは個人的な誘拐じゃない、君を帰してしまうと組織の足がつく可能性がある」
「そんな……絶対誰にも言いませんから……」
「すまない……」
それはゆきにしてみれば死の宣告の様なものだった、我慢していた涙が頬を伝う。
「私、どうなるんですか?」
絶えず溢れ出す涙を何とかなだめ、嗚咽の様にゆきは言葉を紡いだ。
「正直俺にも分からない、だけど君の場合命は助かると思う、日本に居られるかは分からないが」
「下ろして、下ろしてえぇぇえええ」
ゆきは堰を切ったように大声を上げ暴れだすが身体に巻きつく縄はそれを許さず、必死の抵抗は僅かに身じろぎする程度に抑えられてしまう、さらにシートベルトも普通のものではない様でベルトの伸縮が全くなく身体を拘束する役割を果たしているため、その場から動くこともままならなかった。
「うぅ……」
ゆきは暴れるのをやめバックミラー越しに男に視線を送った。
「助けて下さい、お願いします助けて下さい」
絞り出す様に何度も男に懇願するが、男はもう何も答えようとはしなかった、静まりかえった車内に車のエンジン音がやたらとはっきり響いていた。
「うぅ…………あぁ……何で……ひぐっ……」
圧倒的に理不尽な現実にただただ涙を流すしかないゆきを乗せてドライブは続いた。
………………………………………………………………
ギチッ……ギチチッ……
鋭く縄が軋んだ、続いて荒い吐息が続く。
「はぁ……はぁ……」
ゆきは縄から抜け出そうともがいていた、車に乗っているのはゆきと男だけ、高速道路を運転中の男は下手に動けない、縄抜けする事ができれば状況を変えられる勝機があるとゆきは考えた。
「ん……っ……くっ……」
ギチッ……
力を込める度にか細い呻き声が漏れる
ゆきは必死にもがくが身体中に巻きつく縄はゆきがどれだけ力を込めても身体を捩らせても、全く緩む気配はない、むしろ力を込める度に二の腕や胸にぎゅっと縄が食い込んでいた。
「んんっ……うっ……ん………」
ギチチィ……ギチッ……
肘や肩、時には体全体を捩らせ手首を捻らせ、何とか縄を緩ませようと必死に試みるが厳重な縛りは一切の隙を見せない、それは当然でゆきの身体には完璧な後ろ高手小手縛りが施されているのだ。
肘と手首の中間辺りに巻き付き、2本の腕を束ねている縄は少し緩く巻きついているため、二の腕を開く事ができれば簡単に抜け出す事ができる、しかしそれを阻止する為ゆきの胸には上下を二の腕ごと縛られ、身体に密着した状態から動かせないようになっていた、更に腕と身体の間にも閂が通り、胸縄がずれないよう固定されている、胸縄と手首の縄は繋がっており、背中でこの字の様に組まされ折り畳まれた肘は伸ばす事ができない。しなやかな縄はそれぞれの役割を果たし、ゆきの自由を完全に封じていた。
それでも、縄が緩んでくる感覚は得られずともゆきは諦めず、必死に縄を軋ませ続けた。
「んっ……むっ………っ…ン……」
ギチッ…ギチチ……
「くっ…………んん……」
ギチチ………ギチィ……
時々運転している男がどんな様子かバックミラー越しに確認して見るが、特に変わった様子はなく、ゆきが縄を解いてしまう事を気にかけているという事もなさそうだった。その無反応は助かる可能性の低さを暗示している様で、ゆきの絶望を加速させていく。
そんな狂ってしまいたくなる様な不安を振り払おうとする様に、ゆきは縄との格闘を続けた。
「んっ…………んん……」
ギチッ……ギギッ…………
足にも力を込めて見るが、膝の上下と足首の3箇所に割縄を通してしっかり固定されている為、ろくに擦り合わせる事もできない、そもそも仮に足の縛りが解けたとしても手が自由にならなければシートベルトを外せない、ゆきはすぐに足の縛りから抜けるのをやめ上半身の縛りから抜け出すことに集中した。
「んっ……はぁ…………んんっ…………」
ギチッ…………ギギチィ…………
少しづつでも縄が緩んでいる事を信じて何度も両腕に力を込める、激しい抵抗に呼吸は乱れ縛られた身体に汗が滲んだ。
「むっ……くっ…うぅ…………」
ギチッ……ギッ……
「はぁ…はぁ……」
改めて縛られた身体に視線を落とした、肝心の背中の縄目を確認することはできないが、胸縄が緩んできていないかを目視して見る。
「…………」
縄は身体に密着したままだった、胸縄はむしろさっきより食い込んでいるのではないか、と思えるほどにしっかりと胸の上下を通り、二の腕に食い込んでいた。
「(ダメだ……全然解けない、でも早く抜け出さないと)」
ゆきは再び悶え始めた、どれだけ難しくとも諦めることはできなかった、じっと眺めていたって縄は緩んでこないのだから。
「(とにかくこの、胸の縄が外せれば……)」
今までの抵抗の中で手首の縄に少し遊びがあることはゆきも気がついていた、それが胸縄のせいで抜けなくなっていることも。
「んぅ……くっ…………つぅ……」
ギチチチッ……
だからゆきは肩を動かしたり、身体を大きく捻らせたり、手首を下げて連結した胸縄を引っ張ったり、何とか胸縄を外そうともがいた。
「んぅ……くっ…………つぅ……」
ギチチチッ……
「むぅぅ……んぅ……」
ギチッ……ギチチ……
激しい抵抗に縄はいっそう軋んだ音を上げるが、胸に食い込む縄は緩まないし、背中で固められた両腕も動かない。
「んぅ……ふっ…………」
ギギッ……ギギギィ……
涙を滲ませ必死に力を込め続けるゆきの呻き声と、それに呼応して軋みむ縄の音だけが車内に虚しく響いていた。
「んっ…んぅ……むっ……」
ギチチ……ギチッ……
「はぁ…はぁ……ふっ……くっ……」
ギチチ……ギチッ……
肩をぐりぐりと動かして胸縄をずらそうとしても、閂と胸の膨らみに遮られずらせない、ならばと手首を下げて繋がっている胸縄を思い切り引っ張るが、それも結局胸がつかえて、どうにもならなかった。
「(この縄さえ外せれば抜けれるのに)」
ゆきの胸は大きいというほどではないサイズだったが、その膨らみはしっかりと胸縄のストッパーとして機能している様だった。
「んんっ!…………くっ……」
それでも強引に胸縄をずらそうと、懸命に身を捩らせるが、どう頑張っても胸縄をずらすことはできそうになかった。
「(胸がぺたんこだったら良かったのに)」
そんなことはあり得ないし、例えぺたんこだとしても完璧な高手小手縛りから抜け出すことは不可能だが、ゆきはどうもがいても邪魔をしてくる自分の胸の凹凸を呪った。
「んん……つっ…………むっ……」
ギチッ…………ギッ……
諦めずにもがき続けるも、ゆきは気持ち半分縄抜けは諦めていた、それでも今は縄を解こうともがき続ける事しかできない、何より縄抜けに集中していないと今にもパニックになってしまいそうだった。
縄が緩んでくるはずがないと、胸縄が外れる訳がないと悟りながらも、ゆきは必死にもがき続けた。
「んっ……ふっ…………むっ……」
ギチッ……ギチチィ…………
「んんん…………うぅ……むぅ……」
ギチッ…………ギシッ……
………………………………………………………………
「…………ここは?」
気がつくとゆきはベッドの上で眠っていた、全身を拘束していた縄はすっかり無くなっている。
「縛られてない」
身体を起こして周りを見渡して見る。
ゆきのいる部屋はホテルの一室の様だった、ベッド横には横長のテーブルと椅子がありテーブルの上にはテレビが置いてある、奥にはユニットバスらしき扉、さらに奥には出入り口と思しき重厚感のある扉が見えた。
ゆきはベッドから降りて、ユニットバスを確認すると、出入り口のドアノブに手を掛けるが、悪い予想通り扉が開かないどころかドアノブが回ることすらなかった。
「助かった訳じゃないって事か」
一応ドアノブを掴んで押したり引いたりして見るが扉はびくともしない。
あの後警察に保護されたのではないか、という淡い期待はすぐに打ち砕かれゆきは首を項垂れた。
とりあえず扉を開ける事は諦めゆきは改めて部屋を調べてみる。
監禁されている部屋には窓は付いていなかった、テーブルにはテレビ以外に菓子パンやカップ麺、おにぎりと言ったコンビニで買える様な食料が詰め込まれたレジ袋が、椅子を引き出して見ると、バスローブが綺麗に畳まれ置いてあった。
テレビは普通につけることができ時刻はゆきが拐われた日から一日経過した午後6時を示している、全チャンネル切り替えて見るがゆきの誘拐に関する報道はされていない様だった。
テーブル下にはホテルによくある小さい冷蔵庫も設置されており、中にはスポーツドリンクや水、お茶などの一般的な飲み物が4、5本冷やされていた。
ユニットバスは入って見ると、バスタオル、ハンドタオルが扉の内側にかかっていて、正面に洗面台とトイレその横にお風呂とシャワー、歯ブラシやシャンプーなども設置されている。
窓がないことと、扉が開かないこと以外は至って普通のホテルルームの様だった。
「(食料もあるし、しばらくここで暮らせってこと?)」
ふと腕を確認して見ると縄の跡がはっきりと確認できた、制服も汗でベタ付いている。
日本に居られないかもしれない、男の現実味の無い言葉が蘇った。
「(逃げなきゃ)」
ゆきは再び部屋を調べた、隅から隅まで目を凝らし脱出できそうな道具や通れそうな穴が無いか探した、扉も再度開けようと力を込めて押したり引いたりを試みた、しかしどれだけ探しても、部屋を脱出する活路は見出せない。
「(私どうなっちゃうの?)」
不安に押しつぶされそうになるも、現状は変わらず時間は流れていった。
………………………………………………………………
3日が経った、ゆきはテレビで自分の情報が流れないかをチェックしつつひたすら部屋の中に使えるものがないかを探していた。
「今日もやらないか」
ゆきは下着もつけずに裸の上からバスローブを身に纏いテレビを眺めていた、未だゆきの行方不明についての報道はなされないし、部屋の中に使えそうなものも見つからず、固く閉ざされた扉が開く事もなかった。
「(食べ物だいぶ減ってきたな)」
あらかじめ用意されていた食料は残り1食か2食で無くなりそうなほど減ってしまっていた、おそらく明日でなくなってしまうだろう、その時どうなるのか、考えたところで現状はどうにもならない。
「眠くなってきたな」
ゆきは横になり目を閉じた、テレビの音がちょうどいい子守唄になり脳を痺れさせてくる、3日間過度なストレスでろくに眠れていないこともあり、身体は確実に疲労を蓄積している様で、ゆきはテレビも電気もつけっぱなしのまま眠りに落ちた。
………………………………………………………………
ゆきは寝苦しさに目を覚ました。
少しづつ覚醒する意識、目を開けると寝る前に消し忘れたテレビが早朝のニュースを告げていた。
「(なんか、すごい怖い夢を見た気がする)」
ぼんやりした頭で身体を起こそうとしてようやくゆきは寝苦しさの正体に気がついた。
「あっ……」
一気に意識が覚醒する、ゆきの身体はバスローブ姿でここにくる時の様に縄で厳重に縛られていた、思わず身体を捻り周りを見渡して見るが、部屋に人の気配はなかった。
ベッドの淵まで這っていき、なんとか身体を起こし、確認して見ると前と同じように、胸と膝の上下、足首に4本ずつ規則正しく縄が巻き付けられている、少しもがいて見るが前と同じように縄は軋む音を立てるだけで解ける気配はなかった。
縛られているとはいえ3日間何も起きなかった部屋で一人でいる事が、思考を麻痺させているのか、恐怖することに疲れ果ててしまったのか。ゆきは慌てるでもなく泣き出すでもなく、ベッドに腰掛けたままぼーっと座っていた。
しかしそんな放心状態もガチャリと金属音を立てて扉が開くまでのことだった。
「ひっ……」
「おっ、これが例の?めちゃくちゃ可愛いじゃん」
ビシッとスーツを着こなした長身の男が入ってきた、額にある大きな傷以外は整った顔立ちをしており右手には少し色黒の肌にやたらゴージャスな時計が光っていた。
「君今日出港なんでしょ?さっき聞いてね、飛んできちゃったよ」
男は顔を引き攣らせ後退るゆきを見下ろし、気心知れた友達相手の様なテンションで話しかけてきた。
「緊縛もいいね大歓迎だ、もう普通のセックスはやり飽きてるんだよ」
「や…やめ……」
男の言葉にゆきは己の身に何が起きるか悟るも縛られた身体でできることはなく、首を横に振るのが精一杯だった。
「それじゃ早速」
男の手がゆきの身体に伸びた、ゆきは咄嗟に倒れ込み男の手をかわすと、不自由な身体をくねらせ男と距離をとった。
「おいおい、今更逃げても無駄だって分かるだろ?」
男はやれやれと言った感じで距離を詰めるが、ゆきは必死に逃げようと身を捩らせた。
「分かった分かった、それじゃ好きなだけ暴れていいよ、そっちの方がこっちのテンションも上がるし」
男はベッドに胡座をかくと、どうぞと言わんばかりにゴージャスな時計がついた右手で合図した。ほとんど反射的に暴れ回っていたゆきは男が何を言っているのか分からず男が差し出した手を見つめた。
「あれ、今度は大人しくなった天邪鬼な子だなぁ……じゃあこうしよう、その緊縛から自力で抜け出せたら、君の出港取り消して家に帰してあげるよ、どう?これでやる気でた?」
「え?…………………………んっ…んぅぅ……」
自力で縄抜けする事は不可能だとここに来る前に散々試した、縄抜けできれば帰してあげるなんて言葉は幻想、それはゆきも十分に分かっているはずだ、そのはずなのにゆきの身体はもがき出していた、僅かな希望に縋り付くというより、ゆきは帰れるという言葉に取り憑かれていた、冷静に考えれば縄抜けできれば帰してあげるなんてゆきをもがかせる為の嘘に決まっている、しかし今のゆきにそれを考える余裕はなく男の言葉を信じ必死にもがいた。
「んぅう……ん…………」
「おお、いい暴れっぷりだな、ほらほらもっと頑張らないと全然抜けられないぞ」
ピンチとは対照的に陽気に煽ってくる男を無視して、ゆきは縄を引きちぎらんばかりに身体をもがかせた。
「んっ………っ…ふっ……くぅ……」
ギチッ……ギチチ…………
「んぐっ…………ん゙っ……」
ギギッ…………ギギチ……
ベッドの上で芋虫の様に身を捩らせぐいぐい縄を軋ませるが当然縄は全く緩まない。
「(やっぱり胸の縄を外さないとダメだ……)」
ゆきはシートベルトがない分車の中よりは自由に動く身体を生かして、胸縄をベッドに擦り付けて擦り上げようと試み始めた。
「ん…………っ…んっ……」
ギチッ…ギチチ………
バスローブが肌け秘部が晒されそうになるのもお構いなしに身体を擦り付けるが、布が擦れ合うのみで全く効果は見られない。
「はぁ……はぁ……(ベッドに擦っても意味ない、何かないか……)」
ゆきはベッドに腰掛け身体を安定させ、乱れた呼吸を整えてた、以前男はニヤニヤと傍観を続けている、ゆきは何か使えそうなものがないか、何度も調べた部屋を見渡してみる。
「(これ、もしかしたら……)」
ゆきはまとめ上げられ不自由な両足で、よろよろと立ち上がると両足跳びで椅子の前に歩を進めた、シンプルな椅子の背もたれには90度の角があった、ゆきはバランスの悪い身体をなんとか支えると、椅子の角に胸縄を引っ掛け胸の上の縄を外そうと試み始めた。
「はぁ…はぁ………つっ……」
パツー
椅子の角くらいではフックの様に引っ掛ける事は出来ず、少し力を入れただけで引っ掛けた胸縄は外れてしまう、それでもベッドに身を擦り付けるより遥かに胸縄に力が加わっている感じがあり、ゆきは額に汗を滲ませ何度も胸を椅子の角に擦り付けた。
「はぁ……ふっ……」
胸縄は一瞬ぐいっと持ち上がった様に感じられるが、それは縄の伸縮範囲であり角から外れればすぐに元の位置に戻ってしまう。
「くっ……」
それならと椅子に背を向け背中側の胸縄を引っ掛けようと試みるが、手が使えず足も足首だけでなく膝の上下も縛られていては、上手くしゃがむ事ができず、背中を上手く押しつけられない。
何とか転びそうになりながらもゆきは椅子にもたれかかる様に、背中の縄を椅子に擦り付ける、しかしガリガリっと音を立てて擦れるだけで変化はない、それでも諦めずに何度か試みるがバランスを崩し床に倒れ込んでしまった。
「いたっ」
幸い姿勢を縄を擦り付けた後の低い姿勢から転んだ為大きいダメージは負わなかったが、受け身を取れずに身体の側面を打ちつけた為思わずゆきは顔を顰めた。
「はぁ……はぁ……くっ……」
「どう、満足した?」
痛みや疲労もあり、上手く身体を起こす事ができずに床で悶えているゆきに、男はニコニコしながら、それでいて物でも見ているかの様な冷たい視線を送った。
「ま、まだです」
ゆきは声を荒げると、ベッドに身体を押し付けながらなんとか起き上がりベッドに座り直した。
「ん゙ぅ…………」
身体を安定させると男が何か言い出す前に身を捩らせ始めた、もがく姿を眺めていることに男は飽き始めている、そんな雰囲気をゆきは感じていた。リミットは近い。
「(早く、早く抜け出さないと)」
ゆきの目からぽろぽろと涙が溢れた、狂ったように身を捩らせる、力を込める度漏れていた呻き声は嗚咽に変わり縄の軋む音を掻き消していく。
「ん゙ぅ……うわっ………あ゛っ……」
「ふっ……ぐっ………んん……」
ベッドに倒れ込み、陸に打ち上げられた魚の様にこれでもかとのたうち回る、それでも縄は冷酷に淡々と、暴れるゆきの身体を抑え込んでいた。
「ふっ……ぐっ………んん……」
のたうち回るうちにバスローブが肌け秘部は白日の元に晒されているが、ゆきはそんな事は気にも止めずにひたすらに縄を軋ませもがき続けている。しかし縄は解けない、緩まない。
「そろそろ時間切れだよ」
男がヌッと現れ雪の肩を掴んだ。
「やめてぇぇええ、ああぁあ」
ゆきは必死に叫び暴れようとするが縛られた身体ではどうすることもできない、男はもっと泣き叫べと言わんばかりにゆっくりとゆきの秘部に手を伸ばしてくる
「本番と行こうじゃないか」
「いやぁあああああ」
「すみません……」
突然部屋に一人の男が入ってきた
「あ!?お前何勝手に入ってきてんだ」
現れたのは車でゆきを運んでいた男だった、ゆきの秘部に手を伸ばしていた男は明らかに不機嫌な表情を浮かべ、入ってきた男と距離を詰めた。
「出港の時刻が早まりました、申し訳ありませんがお引き取りください」
「はっ?おいおいこっちは後少しなんだよ、少しくらい融通効かねえのか」
「お引き取りを」
ゆきを犯しそこねて納得いかない様子の男に車であった男は静かに語気を強めた。
「ちっ」
結局ゆきを追い詰めた長身の男は悪態を吐きながらもその場を後にした。しかしゆきにしてみれば状況は全く好転したとは言えない、むしろいよいよ最悪の結末を迎えようとしているとさえ言えた。
「やめて、もうすぐ縄抜けできるから」
そう言いながら必死にもがき始めるゆきに男は静かに語りかけた。
「助けに来た、大人しくしてくれ」
「えっ?」
信じられないという様にゆきは男の顔を見る、男はゆきの目を真っ直ぐ見て頷いた。
「すまないが時間がない、縄は解かずにいくよ」
男は部屋の入り口へ一瞬ゆきの視界から消えた後、かなり大きめの旅行カバンを持って現れた。
「まずはこれを飲んで、今のままでは脱水を起こしてしまう」
男は冷蔵庫からスポーツドリンクを取り出して、ゆきの口元に飲み口を向けた。ゆきはとにかく助けに来たという男の言葉を信じて、夢中でドリンクを飲み干す、男はゆきの飲むペースに構わずボトルを傾けてくるため、バスローブはスポーツドリンクでベタベタになった。
「よし、じゃあこの中にしばらく入ってもらうよ」
男は一定量のドリンクをゆきに飲ました後、素早くカバンを開けた、と思った瞬間ゆきを抱き抱えるために身体の下に手を伸ばしてくる。
「あ、あの……」
「すまない、時間がないんだ」
思考が追いつかないゆきが話しかけようとするも、男は相手にしようとせずあっという間にゆきを抱き抱えると旅行カバンの中に押し込んでしまった。
「絶対助けるから、今からいいというまで絶対に喋っちゃダメだよ」
カバンが閉まる間際男はゆきに念を押すとカバンを閉めた。
「(私どうなるの?)」
本当に男が自分を助けるつもりなのかは分からなかったが、今のゆきにはそれ以外に縋るものはない。蒸し暑くて狭くて息苦しい、真っ暗な視界の中恐怖で声が出そうになるのをゆきは必死に堪えた。
男はしばらく平坦な場所を移動した後エレベーターで降り始めた様だった、ビックリするほど長いエレベーターを降りきると、コンクリートの様なざらざらとした低音が反響する音と地面からの振動が伝わってくる。
そして、突然ゆきの身体は宙に浮かび横向きに投げ出された、ファスナーが開かれ光が覗く、ゆきはすぐさまカバンから出ようとするが、いいと言うまで絶対に出るなという男の指示を思い出し、かろうじて踏みとどまった、ここまで来て男の指示を無視する理由がない。
横向きに投げ出されてからすぐにエンジン音が聞こえ、ゆきは車に乗せられたのだと知った。
「もう出てきても大丈夫だよ」
車が走り出してから10分ほど経ってようやく男はゆきに指示を出した。
ゆきはカバンから出ようとするが、膝を曲げ体育座りの様な格好で押し込められている為、ファスナーが空いていても出るのは一苦労だった。
しばらく悪戦苦闘して何とか足を出すことに成功し身体を捩らせてカバンから這い出る事ができた。
「はぁ……はぁ……」
ゆきは、最初に運ばれてくる時と同じ車に乗せられ高速道路を走っている様だった、ただ最初と違い後ろの席はフラットになっており、その場から動けないという事はなかった。
男はゆきがカバンから這い出たのをバックミラーで一瞬確認するが、言葉を発することはなくハンドルを握りしめている。車はかなりの速度で走っていて、男は右車線左車線お構いなしに車を追い抜きながら走っていた。
「あ、あの……私助かるんですか」
痺れを切らしたゆきは男に話しかけた、ゆきからしてみれば自分が今どう言う状況なのか全然分かっていない。
「ああ、助かる」
そう言われても、暴走する車の上で縛られたまま、とても安心できる状況じゃない。
「何で助けてくれたんですか?」
それでも助かるという言葉で少し落ち着いたゆきはさらに男に言葉を投げかけた。
「耐えられなかった、自分のせいでこれ以上人が不幸になる事が」
「そうですか、あ……ありがとうございます」
そもそもの元凶である男にお礼を言うのはおかしい話だが、男の気が変わらないように、ゆきはお礼を告げた。
「すまなかった」
男はゆきの言葉を噛み締める様な沈黙の後静かに答えた。
「どこに向かっているんですか?」
「〇〇県の〇〇警察所、そこで保護してもらう」
「あの、この縄どこかで解いてもらう訳には行きませんか?」
「すまないが今は1秒も余裕がない、それにその格好じゃないとちゃんと保護されない可能性がある」
「えっ、じゃあこの格好で交番に行くんですか?」
「すまないが、君を助けるにはそれしかないんだ」
「うぅ……」
ゆきは裸にバスローブを羽織っただけの姿で縛られた自分の身体に視線を落とした。胸が強調される縛りに汗とスポーツドリンクでベタベタの身体、太ももは肌けて今にも秘部が見えてしまいそうだ、仕方ないとは言え、とても人前に出れる格好ではない。
「解き方教えてください」
「え?」
「縄抜けする方法教えて下さい」
「そんな方法はないんだ、あと縛られてなければちゃんと保護されない可能性があるんだ、すまない」
「そんな、んっ…このっ……」
ゆきは身体をもがかせてみるが、縄が解けないことはもう嫌と言うほど分かっている、すぐに抵抗をやめてうなだれた。
「〇〇県警に着いたら貴方は自主するんですか?」
「それはできない、やることがあるから」
「そうですか」
「でも安心してほしい、それをやり終える時俺は死ぬ、だから2度と君の前に現れることはない、こんな事で償えるとは思っていないがそこは安心してほしい」
「え?」
衝撃の言葉にゆきはこれまで男が言っていた言葉の端々を思い出した。
「(最初に私の誘拐は組織で行われてるって言ってたっけ、その組織を裏切ったから殺されるってこと?でもそれならむしろ自首した方がいいんじゃ……)」
「そうですか……助けてくれてありがとうございます」
ゆきのもちうる情報では男の死を到底整理できなかったが、男が命をかけてゆきを助けに来てくれたことは何となく察しがついた。
ゆきも男もそれ以降、言葉を交わすことはなく車は無事〇〇県警に到着しゆきは緊縛された姿で近くに下されすぐに警察に保護された。
その後ゆきの事はニュースに取り上げられたが、男の行方も男の言っていた組織の事も最後までわからなかった。
………………………………………………………………
「佐藤警部、例の件ですが……」
「ようやく尻尾を掴んだわね」
それから10年ゆきは警察官になっていた、この世には絶対に触れてはいけない、しかし絶対に正さなければならない闇があると知ってしまったから。