コミッションss 私の鎮守府(4)トレーニング室
🕑 Added 2023-10-20 09:07:17 +0000 UTC
10000字オーバー、次が最終章です。
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ホールのすぐ下、半地下に相当する無骨な骨組みとコンクリに囲まれたエリア。
巨大な建物が生み出す広大なスペースは以前から正式な用途はなく、半ば倉庫のような扱いを受けていた記憶はあるが、今はそうではないようだ。
……ッ……ガッ……ゴスッ……
階段を降りて近づいていく間にも、重々しい音が振動となって身体の芯にまで響いてくる。
中で何かが行われているのはすでに明らかで、まるで巨大な工場の前にいるような錯覚を覚える。
ホールにあった大扉とは違う、よく見るようなサイズで簡素な造りの金属製のドア。
わずかに震えているそこを、天霧が一気に押し開いた。
ギイィィ……
中に入ると、まず汗の匂いが鼻をついた。
先ほどの会場の熱気とは違う、どこか冷えつつ時間が経ったような空気の匂い。
どこか使い込まれた運動部の活動場所を連想させる。そして──
「うわぁ……」
ズラリと並んだトレーニング用のマシンの数々。
その奥から響いてくる重々しい金属音は、今まさに誰かが使っていることを示していた。
「やっぱここが一番テンション上がるよな」
「筋肉のために用意された場所だからね」
声を弾ませながら中に入っていく天霧と初月。
提督もマシンの1つに歩み寄り、どんなものかを確かめていく。
基本的にはウエイトを調整して負荷を変えていくものなのだが、提督が眺めているマシンは板状の金属を重ねるタイプのようだ。
自分が知っているものよりも明らかに大きく分厚いそれに、興味を持ちつつ近づいていく。
(1枚……100キロ!?)
そこに記されている数字は、通常では考えられない数値。
さらに誰かが使っていたのだろう、10枚以上も重ねた状態で固定されていた。
(1トン以上も動かしてるの……?)
他のマシンやバーベルも、常人では到底動かせないような重量ばかりに設定されている。
提督には最軽量のウエイト1枚分すらも扱えないだろう。
これらはすべて、工業用の機械だと説明された方がまだ納得感がある。
「あ~、もう全身が疼いてたまんねぇよ!」
「ひとしきり追い込もうか」
マシンを前にして、さらに興奮を高めていく天霧と初月。
2人ともトレーニングのことで頭がいっぱいのようで、提督を置いてのしのしと先へ進んで行ってしまった。
「あ……」
追いかけようとしたのだが、彼女たちの後ろ姿はすぐにマシンの影になって見えなくなる。
1人取り残された提督は、立ち並ぶトレーニング機器が立ち並ぶ中で足が止まってしまった。
今まで、彼女たちのサポートや説明があったからこの鎮守府を回れてきていたのだ。
この先に何があるのか……心細さと不安が一気に押し寄せてくる。
「時雨さん、不知火さん、お疲れ様です」
マシンごしに天霧の声が聞こえてきた。
この奥に他の艦娘たちがいて挨拶をしているようだ。
そして、その名前はとても聞き覚えがあるものだった。
(古参の方が、身体が大きくなるってことは……)
提督の背筋を、嫌な予感が走り抜ける。
2人とも着任してすぐに来てくれて、長らくお世話になった艦娘だ。
正直にいえば、怖さがあった。どんな姿になっているのか想像もつかないし、また何かが起きてもおかしくない。
ただ、このまま固まっていても意味がないのも確かだった。
(まずは、受け入れないとダメだ)
提督として復帰した以上は、彼女たちを率いる責任がある。
今、この鎮守府がどうなっているのか、現状をしっかりと把握すること。
これからの方針を立てるためにも必須の事であり、長期間持ち場を離れていた自分が蒔いた種なのだから、ちゃんと現実を直視しなければ。
それが復帰した自分の役目だと、自らに言い聞かせて覚悟を決める。
口元をぎゅっと引き絞り、音のする方へと足を動かす。
がばっとマシンの陰から身を乗り出し、その向こうを見て……
「え」
何度目かの、絶句。圧倒された。
顔は間違いなく不知火と時雨だ。
しかしその肉体は……覚悟を決めたはずの提督でも予想外の衝撃だった。
あまりにもゴツく、デカい。
ぴっちりとしたトレーニングウェアで胸と股間を覆いつつ、腕や脚、腹部は丸出しで、動きやすい格好でありながらボコボコと筋肉が浮き上がっている。
ボディビル大会のように絞り込んでいるわけではないからか、あるいはトレーニングによってパンプアップしているからなのか……全身の見栄えやバランスなどは無視しつつ、ただただ筋肉を肥大化させたような、ゴリッゴリの肉体。
さきほど会ったホールでの選手たち……戦艦や軽巡たちにも匹敵する巨体。
駆逐艦という艦種の意味がまったく分からなくなるような体型。
「ウェアがきつい……順調にサイズを増しているようです」
「こちらもバルクが増して、いっそうデカくなったよ」
自らの肉体を撫でながら言葉を交わしている。
ここで行われているトレーニングは、本当に艦娘たちの筋肉を肥大化させるらしい。
聞いたことのない現象だが、おそらくは超回復を誘発するバケツとの相乗効果を生み出すのだろう。
古参であればあるほどデカくなるのは確かだろうが、こうして筋トレを憑りつかれるようにやりまくることもサイズ差に影響を与えているはずだ。
さらに腕や太腿といった晒されている肌は、先ほどのボディビルダーたちのように色の濃い褐色に焼けていた。
トレーニングの直後だからか全身が汗に濡れ、光沢を放ちながら湯気が立ち上っている。
(そんな……)
2人とも、方向性は違えど大人しく寡黙なタイプだった。
しかし今は、その雰囲気を微塵も感じない。
艦娘たちの中にも元の性格を残した者がいる一方で、肉体とともに様変わりしている者もいるのはうっすら感じてはいた。
ニヤニヤと自らの筋肉を見つめて悦に入っているその姿は、別人の人格が中に入っているような気さえしてくる。
「ああ、提督ですか。久しぶりですね」
「おかえり、提督」
こちらに気づいた彼女たち。
声や口調は何度も聞いてきた2人のものだが、顔との境目がわからないほどに太い首や巨体ゆえに、低く太く響いてくる。
さきほど挨拶していたはずの天霧たちはすでにトレーニングのために思い思いのマシンへと向かっていったようで、チラリと遠ざかっていく後ろ姿が見えた。
「ちょうどいい、提督に決めてもらいましょう。どちらの筋肉がより素晴らしいか」
「いいね、審判に一番ふさわしいんじゃないかな」
「え……」
挨拶もそこそこに、左右から迫ってくる不知火と時雨。
衝撃から抜け出せないまま、困惑するしかない提督。
しかし今は間に入ってくれる天霧も初月もいない。
「不知火の肉体が優れているのは明らかです」
「僕の方が断然大きいだろう?」
自分の何倍もある肉体がずいっと迫ってくる。
むせ返りそうな汗の熱気と匂いに顔が強張るが、後ろにはマシンがあって逃げられそうにない。
「不知火の肉体は素晴らしいでしょう?その驚く顔を見るだけでも興奮してきます」
提督の反応をみて愉悦を深めている不知火。
ボコボコに盛り上がった筋肉を脈動させながら、己の肉体で圧迫するかのように距離を詰めてくる。
大胸筋と深い凹凸の刻まれた鎖骨が目の前まで迫り、顔を見上げると氷のように冷たかったはずの表情はだらしなく快楽に蕩けていた。
「どうだい提督、隣の脳筋はおいてさ、胸も尻も堪能していいんだよ」
時雨は駆逐艦の中ではバストサイズのある方だったが、今はそんなことが些末な差に思えてくるほどの爆乳になっていた。
トレーニングウェアを脱いで提督と密着すれば、頭どころか上半身まで埋もれてしまうだろう。
さらに背中を向けて尻を突き出しながら、アピールするように振りはじめる。こちらも筋肉の上に脂肪が乗り、丸みを帯びながらボリュームと肉感を主張していた。
その品のない言動に、提督は後ずさりながら顔を歪ませることしかできない。
「……なんですか、不知火の筋肉に落ち度でも?」
「どんなに頑張っても、超えられない壁はあるものだよ」
提督の判断を仰ごうと迫っていた2人だが、途中でその動きは止まることとなった。
不知火はその極太の腕を見せつけるように時雨を睨みつけ、時雨の方も薄く笑みを浮かべながら目は全く笑っていない。
筋肉をぶつけるように腕を突き合わせ、敵意をむき出しにする2人。
自分の知っている彼女たちなら、絶対にこんなことはなかったはずだ。
「トレーニングの量じゃない、大切なのは結果として残る肉体さ」
「無駄な脂肪をつけてる人に言われたくはありませんが」
徐々に言葉に棘が増し、声に圧がこめられていく。
お互いに肉体に関するプライドに障っているのだろう、会話も態度もみるみるヒートアップしていく。
「この場で力比べでもしますか?」
「もっと実戦的なものでいいけどね」
「2人とも、やめて……!」
今にもキレてしまいそうな状態の不知火と時雨。
悲しみやショックで掠れた声で止めに入ろうとする提督だが、2人の耳には入っていないのか見向きもしない。
(だめだ、どうしようも……)
病弱なその身体1つでは、どうしたって止めようがない。
このまま取っ組み合いでも始めたら、自分の方が危なくなるんじゃないだろうか。
そんな危機感が頭をよぎり、おろおろとしていた矢先──
ドスドスドスッ
どこかから、重い足音とともに振動が近づいてくる。
ぬっと現れたのは、今まで会ってきたどの艦娘たちよりもデカい人影だった。
長い髪は自然な茶色で、顔立ちも非常に少女らしい。
軽巡洋艦、神通。
その姿を見た瞬間、いがみ合っていた2人の背筋が同時に伸びたのを感じた。
「うるさいから様子を見に来たんだけど、駆逐艦の痴話喧嘩だったのね」
その肉体は、高雄や木曾を上回る巨体……しかも脂肪は少なく全身の筋肉が浮き上がっている。
サラシを巻きつけて窮屈そうに押さえつけられた胸は時雨をはるかに上回る爆乳ながらも、土台となる胸板の分厚さと筋肉の存在感も共存している。
まるで全身が100ミリの鋼に覆われているような……戦車のごとき圧倒的な存在感を放っていた。
龍驤が雑談で「勝てない相手がいる」と話していたが、本当に筋肉で上回る艦娘がいたのだと思い知らされる。
「私が最強に決まってるでしょ、無駄な会話はトレーニングの邪魔よ」
「ぐっ……」
気弱にも映っていたはずの普段の言動は見る影もなく、口調も少し変わっているようだ。
返す言葉がないのか、ただ黙っている不知火と時雨。
アイオワの頃から感じていたことだが、筋肉のサイズそのものが彼女たちの上下関係を生み出し、そして際立たせている。
神通はニヤリと、今まで見たことのない笑みを浮かべて告げる。
「下でせいぜい争ってなさい、私に勝てるわけないんだから……目くそ鼻くそが」
ビキッとこめかみに血管が浮き上がったのが分かるが、2人は動かない。いや、動けない。
それほどに、筋肉量の差は素人の提督がみても歴然としていた。
駆逐艦と軽巡……いや、入渠の回数や着任日の差だろうか。
敬語口調だったときからバリバリの武闘派で夜戦を得意としていた神通ゆえに、バケツを使う頻度も相当なものだろう。
自らの筋肉をうっとりと撫で上げ、悦に入りながら2人をナチュラルに見下していたのだが──
「……誰が最強だって?」
神通の後ろから、低くドスの効いた声が響く。
ビクリと反応して振り向く神通、その視線の先に声の主はいた。
青みがかった短めの髪に、左目に着けられた黒い眼帯。
軽巡洋艦、天龍。
提督としてここに着任してすぐ、最初の建造で現れた艦娘だ。
ほぼ初期艦と呼んでいいレベルの古参であり、身にまとっている白い水着は提督も見覚えがある。
ただ、その肉体は……
「うそ……」
筋肉の山が動いているようだった。
人体の形を壊してしまうのでは、そんなことを思うレベルの筋肉量。
あまりにも筋肉1つ1つが大きすぎて、顔だけが小さく思えてくる。
肌は白いままなのだが、それでもなお周囲の誰よりも筋肉のデカさと凹凸が際立っていた。
トレーニング直後なのだろう、汗でテカりながら筋肉同士がひしめき合う峡谷を滴が流れ落ち、湯気も立ち上っている。
水着はギチギチに引き伸ばされて今にも破けてしまいそうだが、やはり伸縮性のお陰なのかピッチリと胸や股間を覆っている。
「騒がしいからわざわざトレーニングを止めて来てみたんだけどよ、面白いことを言ってんじゃねーか」
堂々と胸を張りながら周囲を見渡して語る天龍。
彼女らしい口調と態度ではあるが、その肉体も相まって圧倒される他ない。
トレーニングのためだろう、ここにいる艦娘たちはみなビキニと同等の露出をしている。
これが動きやすい格好かつ筋肉を見せつけるためであることは、ここまで鎮守府を回ってきて理解しつつあった。
みな汗だくで、立っているだけでもぐんぐんと湿度が増していく。
「お、怖いかァ?」
この場にいる全員に向けて、周囲を見渡しながら筋肉を見せつける。
旧型の軽巡である彼女の口癖。
本来であればくすりと笑う余裕があるものなのだが、ただただ圧倒されてしまい目を見開いて見つめることしかできない。
圧倒的な強者、そう表現するしかない肉体。
「最強なんて言葉は軽々しく使うもんじゃねぇぞ。少なくともうちの鎮守府で一番デカくなってから出直してこい」
神通に向けて告げる天龍。
言われた方は黙っているものの、その表情は見るに堪えないほど歪んでいた。
先ほどの言動や態度からして神通の自らの肉体へのプライドは他の艦娘たちに比べても強烈なようで、かなりの苛立ちを覚えているようだ。
堪えるためか拳が握りしめられ、腕や脚の筋肉にビキッ、ビキッ、と血管が浮き上がりつつある。
しかし天龍はそれらをまったく意に介さず、筋肉の差を見せつけながら口撃で畳み掛けていく。
「目くそ鼻くそとか言うけどよ、お前だって似たようなもん──」
「ふざけんなぁぁァァァッ!」
ぶちぎれる……その言葉がこれ以上なくぴったりだと思えるような大音声で神通が怒鳴った。
「偶然ここに来たからって偉ぶりやがって!ただの古ぼけた軽巡がよォ!」
おそらく、ずっと根に持っていたのだろう。
自分よりも古い艦に抜かれたことも、こうして言い返すことができないことも。
筋肉中心の性格に変わったがゆえに、それらすべてが怒りとなって噴き出していた。
「戦果だってお前はただの遠征要員で──」
「デカくなってからは戦果も逆転しただろ」
淡々と言葉を挟む天龍。
その性能面と燃費の良さから、提督の指揮下では遠征に向かうことが多かったのは事実だ。
その後の戦果については提督は知らないことだったが、この肉体のままパワーとスピードをもって相手をねじ伏せたのは想像に難くない。
「上だって言うんなら結果出してからにしてくれ。オレが上だと認めんのは、提督室にいるアイツくらい──」
「クソがぁぁっ!」
怒声とともに、巨体が飛んだ。
一気に天龍との距離を詰めながら、提督の胴体よりも太い二の腕を振りかぶる神通。
そのまま天龍の顔面へと振り下ろされ──
「よっと」
バシイッ!
天龍は事も無さげに拳をがっしりと掴み、受け止めた。
神通の方はこれだけでは収まりがつかなかったようで、さらに全身で押し込もうとする。
「力比べかァ?いいぜ、受けて立つよ」
「ふんぬぅ……グウゥ……!」
そのまま両手を掴み合い、いわるつ手四つの状態で組み合う両者。
動きはないが、全身の筋肉がボゴォッ、と極限まで盛り上がる。
数秒間の拮抗状態が続き、ギリギリと音がしそうなほどに筋繊維がうごめいていたのだが……。
ググッ、ズリッ……
「ぐっ……うぅ……このっ……!」
歯を食いしばって堪えているのは神通だった。
少しずつ、天龍の手が前に押し出されていく。
神通の背中が反り、膝が曲がり、体勢が崩れ……
「オラァッ!」
天龍が気合とともに両腕をぶん回し、褐色巨体を投げ飛ばした。
おそらく周囲にあるバーベルよりもはるかに重い神通の肉体が宙へ浮き、通路の奥へと放物線を描く。
ドシイィィ!
巨体が床と衝突し、振動が足元に響く。
打ちつけられた褐色筋肉が衝撃で震え、わずかに波打った。
「クソが……クソがァァァ!!」
怪我はしてなさそうだが、屈辱に顔を歪める神通。
感情を象徴するようにボゴォッ、と筋肉が怒張する。
「オラァッ!」
「ったく、諦めが悪ぃなぁ!」
さらに飛びかかり、天龍がそれを受け止めて投げ返す。
巨体がぶつかり合い、異様なまでに膨れ上がった筋肉が交錯する。
さりとて近づくこともできずに立ち尽くしていたのだが……
「1セット終えた~、やっぱいいもんだな」
「筋肉が喜んでるよ」
そこへ、天霧と初月が戻ってきた。
ひとしきりトレーニングをこなしてきたのだろう、肌はうっすらと汗ばみ、とても満足そうな様子だ。
「ん、何かやってんのか?」
「これは……盛大だね」
提督の近くに来たところで肉弾戦の様相となりつつある天龍と神通の争いに気づき、少しだけ驚きの表情を浮かべる2人。
互いに手を出し合っているため、完全に一方的というわけではない。ただ、投げられているのは神通の方だった。
たびたびマシンにぶつかっているが、そもそも彼女たちの肉体の方が頑丈であり、マシンが壊れる心配をした方が良さそうだ。
中破しようと敵艦にとどめを刺しに行く戦闘ジャンキーぶりは、筋肉化する前からのことである。
天龍の方も優位なようでいて、まったく気は抜けていない。
超ヘビー級の応酬。
「すっげぇな……」
「いいものを見れたね」
困惑の色は微塵もなく、まるで芸術作品でも見ているかのように食い入るように見つめだす天霧と初月。
むしろ凄まじい筋肉の狂宴を間近に目撃して、ボディビル会場にいたとき以上に興奮が高まってきているようだ。
パンプアップした筋肉がビクビクと震え、わずかに服が破けかかる。
「ガマンできねぇし、そろそろ使っちまおうか」
「いいね、僕も疼いて仕方ないよ」
2人が示し合わせるように何かを取り出した。
その手に持っていたのは小型の注射器。
しかし、そのシリンジはどこかで見覚えのある鮮やかなオレンジ色をしており、提督は何か嫌な予感がした。
「それって……」
「あ?明石に貰ったんだよ、さっき工廠でな」
提督の質問に煩わしそうに答える天霧。
今までの優しさや提督への敬意を感じない、乱雑な対応。
初月の方も、提督を気にする素振りの一つもない。
彼女たちもまた、筋肉に呑まれつつあった。
「それってもしかしてバケツ……」
ブスッ
提督が言い終わる前に、2人は腕に注射針を突き立て、一気にシリンジを押しこんだ。
中に入っていた液体が腕の中に注入される。
直後、針が打たれた場所から何かが広がるように、血管がビキビキと浮き上がった。
何かを感じているように、ブルブルと震えだす天霧たち。
「キタキタキタアァァ!!!」
ボゴッ
「!?」
注射を打った片腕が、一気に肥大化した。
力瘤が内側から盛り上がり、顔面よりも巨大なサイズの二の腕になる。
さらに筋繊維が肩、胸へと伝播するように盛り上がり、何かが侵食していくかのように上半身へと広がっていく肥大化筋肉。
しかし肉体のバランスを崩すわけではなく、肥大化した部位たちはそれぞれが拮抗しながらひしめき合い、それが加速しながら下半身にも及んでいく。
ボゴンッ!
注射の中身が全身に回ったのだろう、アンバランスさが消え、身体中が一気に膨れ上がる。
すべての筋肉が肌を押し上げ、血管をまといながら肥大していく。
ググッ、ミシッ、ギチチッ!
筋肉だけではない、骨格ごとデカく、ゴツく、逞しく……筋肉を支えるために存在するかのようにサイズアップしていく。
注射した液体が、あの筋肉化作用のあるバケツの中身だと言われなくても分かった。
ミシッ……ビリッ、バリバリィッ!
「んぐぅっ!」
「ウガアァァッ!」
服が千切れ飛び、内側からボコボコとした肌の凹凸が露わになる。
天霧は内側にビキニを着込んでおり、乳首や股間が見えるのは避けられていた。
初月の方は着ていなかったが、元から着込んでいた黒インナーが伸縮性ある素材のお陰で破けずに首から下を包んでいた。
さらに、急速に肌が褐色に染まっていく。
チョコレートのように濃く、これでもかと盛り上がった筋肉を強調するための色に。
ボコオォォンッ!
爆ぜるように筋肉がサイズアップして、ようやく変化は落ち着いた。
全身が筋肉に包まれた天霧と初月。
提督は、2人を見上げて唖然としていた。
天龍ほどではないが、それでも今まで見てきた艦娘たちの中でもトップクラスといえる肉体。
黒いインナーでも分かるほどに深い陰影を刻みながら、全身の筋肉が隆起して連なっている。
「ふーっ、ふーっ……すっげぇなこれ」
「想像以上だ……やばっ、筋肉が滾るっ♡」
バケツ……高速修復材の中身を直接体内に打ち込むなんて聞いたことがない。
それこそ、スキャンプ以上の変貌ぶりだった。
思い返せば、案内のたびに色々な場所を巡り、様々な艦娘たちと会ってきた。
間宮の母乳が筋肉化の作用を持つということは、他の体液だって似たような効果を持っていてもおかしくない。
工廠でのバケツの飛沫をはじめ、高雄や木曾の母乳にボディビルでの汗……短時間に様々な筋肉化に関する成分を浴びた上にこの注射が重なって、効果が増強されたのだろう。
「不知火も時雨も目じゃねぇな」
「駆逐艦のトップ……いや、それより上もイケるっ!」
恍惚と興奮をないまぜにしながら語る天霧と初月。
肉体とともに性格や自尊心にまで影響が出つつあるようで、つい先ほどまで丁寧に挨拶をしていた先輩たる2人すらも呼び捨てにしているほどだ。
「「あ゛ぁ゛!?」」
そして、その発言はすぐ近くにいた先輩たちの耳にも入っていた。
古参である不知火や時雨にとっては聞き捨てならないセリフであり、彼女たちの目の色が変わる。
「図体が膨れ上がっただけでいい気になるんじゃねぇぞ!」
「僕らをナメてるのかお前ェ!」
神通に煽られて高まっていたところに、後輩である天霧たちからの煽り。
不知火と時雨は理性の欠片もない口調でぶち切れ、天霧と初月に鬼気迫る表情で詰め寄ろうとする。
「一目で分かんだろ、頭までダメなのか?」
「弱い奴は弱い、それだけだよ」
悪びれもせずに言い放つ天霧と初月。
火に油を注ぐような言動に、この筋肉と性格になった不知火たちがそのまま収まるはずもない。
実力で黙らせるべく、怒りでさらにパンプアップした肉体で2人に飛びかかった。
「僕をナメてんじゃねぇぞォ!」
ゴスッ
「うぐっ、やったな……ウラアァァ!」
交錯する4人。
まだいくらか理性的だったはずの初月は、時雨の拳を受けたものの滑った手がそのまま頬に当たってしまい、完全にスイッチが入る。
収縮した瞳孔は目の前の敵……時雨しか見えていないことだろう。
もう誰も、収拾をつけるつもりがない。
「ぐうぉぉォッ!」
「だらぁぁっ!」
ドゴォッ!
ガシッ!
ドサァッ!
3組、6人の筋肉巨体の艦娘たちが取っ組み合いだした。
それぞれの巨体がぶつかり合い、投げ飛ばされ、殴り合う。
怒声に混じる、筋肉が衝突する鈍い音。
文字通りの乱闘だ。
「グルルゥ……ガァッ!」
最も理性的だったはずの初月は、まるで猛獣のように歯をむき出しにして時雨と力比べを続けている。
「オラァ!」
「ふんっ!」
ドズンッ!
天霧の拳を不知火が大胸筋で受け止め、鈍い音が響く。
そして殴り返した拳を、今度は天霧が余裕そうに片腕で跳ね返す。
「この程度じゃトレーニングしてた方がマシだな」
「言いやがって……!」
ヒートアップしていく両者。
プロレス的な受け止め合いを全力で、自分の方が上だと言わんばかりに激しさを増して殴り合っていく。
そして、先に闘っていた2人も激しさを増していた。
「こんのぉぉっ!」
「おっ?小手先の技で……勝てるかよォ!」
神通は真正面からは力負けすると理解してか、今度は腕を取って関節を決めようとしていた。
そもそも夜戦における格闘戦を得意とする神通だ。
フェイントを交えて懐に潜り込み、がっしりと腕に飛びついて十字固めを決めにいく。
しかし天龍もぶっとい二の腕を力づくで曲げ、逆に振り払う。
「あ、あぁ……」
提督は、目の前で起きている光景を眺めることしかできない。
この鎮守府の長として、今すぐにでも止めなければいけないのは分かっている。
しかし、身体はろくに動かず、わずかに出てくる声も彼女たちには届かない。
ドガシャアァ!!!
1メートルほど横に神通の身体が飛んできて、マシンに衝突した。あまりの衝撃と音に提督がビクリと身体を震わせる。
彼女は心配をする前にすぐに起き上がり、天龍へと飛びかかっていったのだが……投げ飛ばされた先にあったマシンは、神通の肉体の衝撃で歪んでしまっていた。
(これが、私のいた鎮守府だなんて……)
現実離れした光景だが、そのすべてが現実なのだと脳が認識する。
鋼鉄すら曲げてしまうレベルの、力のぶつかり合い。
彼女たちの身体は圧倒的な筋肉の鎧によって守られているが、提督はその限りではない。
もし、あの巨体が自分に向かって飛んできたら……本能的に生命の危機を感じる。
情けないとか、提督の責務とか、そういった感情を塗り変えるほどの恐怖。
もう、自分が収拾をつけられる状態じゃない。
「ひ、ひぃっ!」
震える足が、180°反対を向く。
力がうまく入らずに崩れ落ちそうになる上半身を、マシンの鉄骨を掴んで繋ぎとめる。
そのまま強引に足を蹴りだして、入ってきたドアに向けて身体を動かす。
提督である彼女は、暴れまわる部下たちに背を向け、一目散に逃げ出した。