個人的昔話:ニコニコに動画投稿をしていた頃の話
🕑 Added 2024-07-28 11:46:10 +0000 UTC
ニコニコ動画がサービスを停止し、縮小営業としての再開からいくばくかの時間が経った。
ここ数年はpixivを中心とした創作活動に終始していたので半ば忘れていたのだが、さらに前(具体的にはss投稿する直前くらいまで)、自分はニコニコに動画を制作・投稿していた。
それらが一切閲覧できなくなり、ネット上のデータが何かしらをきっかけに観れなくなる無情さを感じるとともに、少しばかりの昔話でもしたい気分になった。
というわけで、エッセイというべきかつらつらとssを書く以前の来歴を少しばかり書いていこうと思う。
◆ ◆ ◆
まず、私は学生時代に将棋をしていた。始めたのが遅くプロ養成機関に入れる年齢ではなかったが、アマチュアではそこそこ強かった。
プロの将棋が好きで、当時の定跡をほぼほぼ暗記し解説できるだけの知識量があった。そして同時に、若者らしく(?)ソシャゲも遊んでいた。モバマスとデレステである。
そんな折にプライベートで激しい動きがあり、将棋を指す方に集中できず、何かしらできる事を探した結果、「文章を書く」方へ行きついた。
そして好きなものを組み合わせて書いた結果が、将棋×デレマスの定跡解説記事だった。はてなブログに投稿した。
あまりにもニッチではあるが、意外と読んで下さる人がいらしたのを覚えている。
当時の実戦や将棋年鑑と照らし合わせて引用し、定跡ができあがった流れを解説していく。
ニッチな界隈だが、同様のジャンルで創作していたのは私だけではなかった。主に動画方面での活動で上手い方がいた。
ニコニコにはアイマス架空戦記というジャンルがある。同時にそういった内容を投稿する自主的なお祭り「ウソm@s」があった。ちょうどそのタイミングで、動画を投稿しないかと促された。
勢いでやることになったのだが、いかんせん動画は素人だったので、アイマス×将棋で「細かすぎて伝わらない」ネタのパロディ動画を作った。プロ棋士の有名なネタ、細かなネタをアイドルで再現する動画である。
意外と受けた(1万再生いった)。
最初期は「紙芝居クリエイター」というニコニコでしか見ないソフトで制作していたが、のちにAviutlへと移行した。やはり便利なフリーソフトは強い。
イラストも少しばかり描けたので、動画素材を自分で作ったり手を加えたり、音声素材(駒音)を撮ったりして徐々にクオリティが上がっていった。
そこからネタシリーズとは別に、架空戦記らしい対局ものも動画で制作するようになった。
タイトルは有名な観戦記シリーズ『対局日誌』から『アイドル日誌』とした。
内容はウサミンの奨励会から始まり、藤井聡太三段(当時)の詰将棋選手権……など色々だったが、完全オリジナルの脚本で仕上げた自信作が『アイドル日誌5 観戦記「悲願の花」』である。
この動画、なんと24分ある。アニメ1本分の長さだが、棋譜から観戦記の文章に至るまで、すべて自作した。
成人向けでない創作物の中で、自分の中で1つ選ぶなら本作になるだろう。それだけの会心の作であり、今でもこれを超えられる自信がない。
まだしばらくは残っているだろう……と思っていたが、今回の騒動である。もう流石に元データはないし、電子データは儚いものだ(今回は8月5日に再開されるとはいえ)。
ニコニコが復活したら、またこれを観に戻ろうと思っている。
……残念ながら、自分の動画投稿はこれを最後に止まっている。理由としては
・将棋ソフト冤罪事件があり、プロ棋界を語り難くなった。
・ソフトの評価値で将棋が語られるようになり、定跡そのものが形骸化した
・諸々のタイミングで、私が成人向けssの創作をはじめた
などがある。未だに自分の創作として胸を張っているし、当時は成人向けと一般向けで名義を変えて分離していたが、ニコニコの異変を気に「誰にも見られず知られないのも嫌だな」と思い書き残すことにした。
このときの解説記事や動画制作が、今の自分の文章力の糧になった部分も非常にあるし、当時やってみて良かったと心から思う。
まったくの余談だが、これだけニッチな内容を何年も続けてこれた理由が1つ。
1作目がラブライカでの矢倉91手組み解説記事だったのだが、これをラブライカの同人作家さんに褒めて貰えた。
あまりにも嬉しくて、当時初めての夏コミへ行き、お礼を本人に伝えたほどだ。その後もラブライカ定跡解説記事が当時に自分のメインとなった。
褒められるというのは嬉しいものである。