メモ:Vチューバーを説明するにあたっての個人的考えメモ
🕑 Added 2021-09-04 14:31:31 +0000 UTC
・Vチューバーとは?
仮想空間の中で生まれた”存在”が、YouTubeでユーチューバーを始めた者のことを指す。
仮想空間の中で生まれた存在の姿は、イラストであったり、3Dであったりと個体によって様々である。
上記は大雑把に説明したものだが、個人的な考えを述べると、
仮想空間(バーチャル(V))で生まれた体が
現実世界(リアル(R))の魂と融合した存在が
YouTube配信(ユーチューバー)を始めた。そしてそれが
バーチャルユーチューバー、Vtuber と呼ばれている
これが今現在のVtuberという存在を説明したものだと思う。
(上記の書き方的に”VRtuber”(バーチャルリアルユーチューバー)と呼称すべきだろうがVtuberの方が浸透しているのでここは変えられない)
・Vチューバーってどういう存在?に対する返答を考える
これをパッと答えるのは難しいのでここで言語化してみる。
仮想空間の体が現実世界の魂と融合した存在。
まずその仮想と現実が融合という時点でものすごく曖昧な存在だと思う。
さらにそのVtuberごとによって独自の世界観を形成しており、十人十色の暗黙のルール(自身のコンテンツを楽しむための視聴者に対する配慮のお願い)が存在している。
初見はハードルが高く、大勢に浸透するには長い時間がかかりそうだ。
しかし大体のVtuberに共通するルールは存在するので、それさえ理解して配慮ができれば十分に楽しむことができるだろう。
(Vに限らず何事もコンテンツに対しては楽しむ姿勢が大事だ)
多くのVtuberは共通するルールとして”現実への干渉”を嫌う。
いわゆる”個人情報”であるが、そもそも”リアル””現実”を含んだワードをも嫌う者もいる。
「リアルだと〇〇でしょw」「実は〇〇歳だろw」などは相手を不快にさせる恐れがあるだろう。
なぜなら仮想空間(バーチャル)の存在に現実世界(リアル)の個人情報を混入させたくないからだ。リアルの個人情報が混ざってしまうと、バーチャルの存在に異物が混入し、ノイズ、汚れ、不具合が発生してしまい、活動に支障をきたすのである。
Vtuberは”文字情報”や”発言内容”で存在を形成していくので、ノイズとなる情報に対しては非常に敏感なのだ。令和の言霊かもしれない。
(そもそも個人情報を聞くのはネットリテラシーがなっていないのでVtuberより先にインターネットを学ぶべきかもしれない)
・Vtuberの楽しみ方
Vtuberという新しいコンテンツを無意識に楽しんでいる者は今や多くいるが、どう楽しんでいるのか、どう楽しめているのかを言語化できるかと言われると難しいかもしれない。
個人的な考えを述べると、
冒頭で述べた仮想空間の体に現実世界の魂が融合した存在が配信者になったことをVtuberと呼んでいたが、
視聴者はその仮想と現実の狭間で発生する”曖昧さ”を”仮想の体を通して”出された情報を摂取して楽しんでいる、と思う。
曖昧さを言語化するならば、
”体と魂が作りだすアドリブ”
なのではないだろうか。
アドリブというのは『思うままに』『自由に』という意味があるが、それは魂のではなく、仮想空間の体の方だ。
この体が何を思って”そう”なのか、何をやりた”そう”なのか・・・魂が親身になって考え、そして思った言葉や浮かんだ文章を、仮想空間の体が発声する、文字を入力するのである。
そして視聴者はその目に見える情報を受け取っている。
この時視聴者は裏に隠されている魂を”見る”ことは無い。
人は見えるものしか見ない。
仮想空間のキャラクターが考えて、思って、やっているんだなと思うだろう。
電子データで構成されている完璧な体を持つ存在が、人間臭い所を見せるギャップ、もしくはキャラクター然とした振る舞いを栄養として摂取して楽しんでいるのだ。
魂から発せられた情報を体というフィルターに通してろ過し、その後に出されたものを受け取っていると言っても良い。
これがVtuberを楽しみ方だと私は思う。
そういう、仮想空間の存在・・・Vという美麗な存在が出すアドリブを好んで摂取しているのが主な視聴者層なのではないかと思う。
だからこそ、その裏に隠されている”魂”が透けて見えるほどの、強すぎる情報、悪質な情報を嫌う者が多い。
個人情報や前世の情報などは、裏に隠されている魂を無理矢理表に引きずり出すようなもので、Vtuber活動に支障を起こしかねないほどの悪質な行為なのでタブー視されている。
Vを楽しみたい人はネットリテラシーを学ぼう。そうすればスッとV界隈に入れるだろう。
ここまで書いてみたが所詮は私の考えであり、ただのメモであり、Vtuberの存在を定義付けするものではない。あくまで私なりのVtuberに対する偏見である。
最後まで読んでくださった方ありがとうございます。