とある女怪盗の更生
🕑 Added 2022-08-27 01:23:31 +0000 UTC
「モナリザぁッ!!」
檻の中から宿敵の名を叫ぶ俺の声は荒々しいものだった。少なくとも自分はその内にある怒りや憎しみを隠そうとはしていなかった。
けれど男であればあり得ないほどに甲高く、鈴の音が鳴るように響くそれは到底俺の激情を表しきれるものではなく、結果として、ただ目の前の"男"に薄ら笑いを浮かべさせただけだった。
「いい加減に諦めなさい。もうモナリザは貴女なの。代わりに私がしっかりと堀内直哉を務めてあげるから、安心して更生させられちゃってね♪」
「くそがああぁぁあっ!!」
「ふふっ……ところで貴女の娘さん、あの子も聡明そうなのよね。だから、これからは彼女にもみっちりとこの道の教育をさせてもらうわ。私の助手として、相応しいレディに育て上げてみせるからね♡」
どうしてこんなことになってしまったのだろう。やはり俺にとって分不相応な任務だったのだろうか。
いや、俺でなくてもモナリザのこの能力を前にしては誰だって成す術がなかったに違いない。
本当にどうしようもなく、自らに迫るタイムリミット。絶望まみれのこの状況に、俺はただ唇を噛みしめるしかなかった。
"モナリザの"唇から牢の冷たい地面に、鮮やかな血が一滴垂れていった。
×××
『累犯更生特別措置法』が施行されてから、日本の犯罪件数は目に見えて減っていった。この法律を簡単に説明すると、程度の重い罪を繰り返し犯してきた者に対して、従来の罰とは異なり特別の更生措置を施すといったものだ。
さらに噛み砕いて言えばなんてことのない、それは単なる洗脳教育に他ならなかった。当然、犯罪者を対象にしているとはいえ人道に馴染まないその法律に反対の声を上げる者は少なくはなかった。
もっとも、以前の更生手続きが結果的に有効と判断できるほどの成果を確立できていなかった事実は確かで、一種の洗脳教育であってもそれで彼らの社会復帰が容易になるというのであれば相当に有意義だという気勢も強まり、社会が人権派を封殺するのにそう時間は掛からなかった。
彼の法律がもたらした犯罪への抑止力と更生による再犯の減少率は、想像を絶した。けれどそれでも未だに罪を犯す者が残っていないわけではない。警察が何度現場に居合わせていても捕まえるに至らない、女怪盗『モナリザ』がその代表例だろう。
初めて彼女と相見えてから早数年、一警官として幾度となく悔しい思いをしてきた。自分に彼女を捕まえることは無理だと、諦めようとした日だってあった。
それでも今、俺はこうして彼女と対峙している。彼女のすべての手を封じ、袋小路へと追い詰めている。
もはやアラサーと称せる歳にまで達してしまったが、どうやら無駄に年月ばかりを重ねてきたわけではなかったらしい。今日までの自分を、俺はようやく誇らしく感じることができた。
「これで終わりだ。モナリザ」
そして俺は、彼女のその細い手首に万感の思いで手錠を掛けた。
「敵ながらお見事。まさか私を捕まえる人が現れるなんてね」
その声音が俺には不思議でならなかった。悔しいとか悲しいとか、あるいは怒りの感情だとか、そういったものが一切感じ取れず、ただ本当に言葉のとおり俺を称賛するような口ぶりだったのだ。
「……お前、何を考えているんだ?」
「ふふっ……これだけは、使いたくなかったのだけれど」
そして彼女が何事かを呟いた瞬間、俺の視界は暗転し、次に目を開けると、俺と彼女の立ち位置が入れ替わっていた。
「……は?」
「一度きりの奥の手……私に使わせたこと、誇りに思っていいわよ」
場所を、入れ替えたのか?いったいどうやって?
いや、そんなことはもはや瑣末なものだ。
「……どういう、ことだ」
なぜ"目の前に俺がいる"というのだ。
あり得ない。絶対に不可能だ。俺の身に起きたこれを、科学は絶対に許さないはず。
なんなら俺が素面でなければよかった。そうすればこれは悪い夢かなんかだって、そう結論づけて現実逃避をすることもできただろう。
「馬鹿な……これは」
俺とモナリザの身体が、入れ替わっている。
瞬間的にお互いを変装させたとか、あるいは幻覚を見させられているとか、そういうのでは断じてない。
俺の意思がモナリザの身体に宿り、彼女を動かしている。五感のすべてが、そんな現実を俺に否定させてくれなかった。
「……も、元に戻せっ!」
自分でも存外なほど、感情の切り替えは早かった。かつて死線を潜ってきた経験が精神を成長させたのか、こんな超常現象を前にしても、俺の思考は止まることがなかった。
けれど、そんな俺に対して俺の身体を手にしたモナリザは、
「嫌に決まってるじゃない。だってその身体、もう捕まっちゃったんだもの。これから更生処置を受けるわけでしょ。だから絶対に嫌」
さも当然のように俺の要求を拒んだ。
というか、マズい。
「おいっ!冗談じゃないぞ!俺がお前の代わりに更生を受けるなんて!!」
「でも貴女だってうら若き女子の身体になれたんだから嬉しいでしょ?私…じゃないか。その身体、まだ22歳なのよ?」
「ふざけるなっ!!」
更生処置は洗脳による再教育だ。当人の適性や労働市場の人材不足等、様々な要素を検討し、国の判断によってその者が最もなるべき存在へと思考を修正させられる。
つまり、本来モナリザに対してされるべきはずの洗脳修正が、俺に及んでしまうことになる。
「おお堀内!お手柄じゃないか!」
さらに事態は悪化する。先ほど俺が応援に呼んだ同僚が到着してしまったのだ。……モナリザを、すなわち俺を捕まえるために。
「ま、待ってくれ!俺だ!俺が堀内だっ!こいつに身体を入れ替えられて…だから捕まえるのはそいつだ!!」
当然、そんな俺のたどたどしい話なんて、信じてもらえるわけがなかった。
「モナリザは逮捕の直前に頭でも打ったのか?まあいい、じきに本部も来るだろう。話は署で聞かせてもらうぞ」
「違うんだ!本当なんだ!信じてくれっ!!」
「やかましいな。堀内、なにか口に詰めといてやれ」
「ああ……じゃあな、"モナリザ"」
「や、やめっ……ん〜っ!!」
こうして俺はモナリザの術中にはまり、"俺"を奪われ、そして"モナリザ"を押し付けられたのだった。
×××
事情聴取でも俺は必死に先輩たちを説得しようと試みた。
親しかった人たちと共有していた秘密を打ち明けるなど、俺が堀内直哉だと証明できそうなことはなんだってした。
『実はモナリザに一度してやられて、俺の秘密を全部暴露させられたことがあります。彼女はきっとそれをそのまま口にしているのでしょう』
けれどモナリザの口八丁によって俺の言葉はみんなに届かず、結局俺はモナリザとして更生を受けることになった。
「モナリザぁッ!!」
檻の中から宿敵の名を叫ぶ俺の声は憎々しげで、そして聞き間違えのないほどに女声だった。
その後のことは、あまり覚えていない。
ただ、噛み締めた唇から一雫の血が足元に滴ったことだけを、ぼんやりと覚えている。
×××
モナリザの本名は藤野詩織というのだそう。
彼女は若くして怪盗と名乗るに値するテクニックを駆使し、まるで漫画の世界かのように東奔西走八面六臂と世間を騒がせ続けてきた。
しかしその実年齢は22歳。有名な私立大学に籍を置く大学4年生だという。
自らの身体を確認する機会はいくらでもあった。
よく締まりながら女性らしい柔和さも見せる腕やすらりとした美しい脚。臀部の盛り上がりに相反するかのようなくびれ。男ではあり得ない大きく膨らんだ乳房に、これまた男ではあり得ない鮮やかな色をした乳輪に浮かぶ桜色の乳首。そしてそんな女性的な身体に男の肉棒などあるはずがなく、代わりにそれを受け入れる機能を担う一筋の溝が存在する。
鏡を見れば映るのは細い眉、よく伸びた睫毛。大きくぱっちりと開いた愛らしい瞳。瑞々しい薄紅色の唇。鼻の形もよく整っていて、それらをまとめる端正な顔つきはやや童顔に近く、可愛らしさと美しさとを両立させていた。
手入れの行き届いた色白の肌は顔面に留まらず全体に及び、肩越しにまで伸びた緑の黒髪と相まって、見る者に楚々とした印象を抱かせる。
そんな女子大生が、今の俺なのだ。
そして、今から更生処置を受けるのも俺。
「藤野詩織、出ろ」
「……」
看守の命令に従い、俺は歩みを進めた。手が縛られたままのため、ただ歩くのもじれったく感じるが、それはどうしようもない。
しばらくすると物々しげな扉に行き着き、その中に入るよう言われた。看守の同行はここまでらしかった。
「よく来たね、モナリザ」
ノックも挨拶もしなかったが、中で待っていた人物はそんな俺の態度を気にしていない様子だった。
見覚えのある男だった。たしか名前は赤峰英一。中年というには若く、若年というには老いた年齢と評せる見た目をしている。俺の記憶違いでなければ、俺がモナリザと対峙したあの事務所の政治家だ。
「まあ座って」
机を挟んで赤峰英一の向かいに座る。湯呑みは彼の側にしかなかった。
「君の処遇が決まった。君にはこれから僕の秘書として働いてもらう」
「秘書、ですか」
「そうだ。君はそこそこいい大学に籍を置いている。僕の秘書に相応しいとまでは言わないが、まあ最低限は使い物になると判断した」
どうせ拒否権はない。この容姿だから娼婦にでもされる可能性もゼロじゃなかった。まともな仕事に就けるのであれば御の字と言えるのではなかろうか。
「もっとも、それは表向きの話だがね」
「……え?」
そして知ることになった。
赤峰は、ろくでもない男だった。
彼は政治家としてあるまじき不正を重ね、今の地位に至ったのだという。彼の取り巻きもやはり悪事に加担しており、そして、モナリザはその事実を暴くため事務所に潜入し、機密書類を盗もうとしていた。
「義賊なんて言われるものだから、僕の素性を暴きに来るかもなんて考えたこともあったが、実際に狙われてみるとなかなか厄介だったね」
わざとらしく肩をすくめる赤峰。
実際のところ、俺からしたら彼が悪事に手を染めていたことなんてまったく知る由もなかったのだが、彼はあくまで俺をモナリザと誤認しているため、その手の話を口にすることに躊躇いなどないのだろう。
「で、でもだったら、どうして秘書にだなんて……」
更生とは洗脳だ。実際にどのような処置が施されるのかまでは俺自身把握できていないものの、それがかつての自分の倫理観を完全に拭い去るものだったり、雇用主への絶対的な服従を成さしめ得る類のものだとまでは思えない。
そして俺の推測が正しい場合、赤峰は懐にモナリザという爆弾を抱えることになるのではないか。
「まあ、君の疑問も分かるけれどね。言っただろう?秘書という立場は表向きだと。僕が君を真に欲する理由、それは」
俺を指差し、言った。
「怪盗が欲しかったからだ」
「……は?」
こいつは今、怪盗と言ったのか?怪盗が欲しかったから、モナリザを手元に置く?
「い、意味が分からない!」
「君は賢い人間だろうから、察しもいいと考えていたんだけど……まあいい。説明してあげよう」
そんな俺の反応に、赤峰は特に不機嫌になるでもなく話す。
「僕もここまで来るのにけっこうな無茶を重ねてきた。自覚はあるんだよ。あくどいことを続けている自覚はさ。となると必然、第二第三のモナリザが僕を狙ってこないとも限らない。つまりね、君の怪盗としての知識や経験を生かして、いずれ現れるかもしれないモナリザから、僕の政治家生命を守ってほしいんだ」
欲を言えば、敵対派閥の不都合になる書類なんかも盗んできてほしいかな。
赤峰は、そんな馬鹿げたことを軽口を叩くように言ってのけた。
「もちろん、拒否権なんてない。君には一般的なものより強めな更生を受けさせてあげるから、まあ終わった頃にはこれまで持ち合わせてた善悪の判断なんて気にしない、僕に忠実で優秀な秘書兼怪盗に生まれ変わっているさ」
そしてモナリザの…俺の更生処置が始まった。
×××
【藤野詩織更生レポート】
1日目
姿勢や仕草、口調に女性秘書として不相当な部分が数多く見受けられる。当面の改善点になるだろう。
また、時折り自身は藤巻詩織ではない、堀内直哉である等と情緒不安定な発言をすることがあるため、自らを藤野詩織であると強く認識させるべく、彼女の経歴を強く惹起させ得る小物や過去の写真等を用いて自意識の安定を図り、加えて自慰行為を強要する等、自我を女性として確立させるよう女体への積極的な働き掛けを行うべきと考えられる。
その他、差し当たって日常生活の一挙一動を適宜矯正しつつ、段階的に暗示を施すのが適当だろう。
5日目
初日に比べると否応なくといった体ではあるが、女性的な動作が多く見受けられるようになってきた。こちらの矯正に応じることにも抵抗が薄れてきているものと判断できる。
経過としてひとつ留意すべきは、まるで記憶喪失かのような反応をすることがある点。こちらの更生処置に対する何らかの対策である可能性も否めないため、一層注意を怠ることなきよう、秘書ないし忠実な女怪盗化の完了を急ぐ。
10日目
以前までの態度と異なり、明確に自身の立場を低く見積もって対話するようになってきた。その口調も柔らかく、女性らしくお淑やかになるよう組み込んだ暗示の成果が如実に反映されているらしかった。
また、本日より生理が始まったとのこと。もはや堀内雅也だなどと自称することもなく、自らが藤野詩織であることに本心から納得がいっている様子だった。
15日目
精神、肉体面での更生は一通り完了した。反社会的業務を請け負うことへの抵抗は最後まで強かったが、最大効力の暗示を施すことによって屈服させることに成功したものと判断する。ただし、念のため後日暗示の重ね掛けを行い万全を期すべきだろう。
本日より数日に掛けて、より良い女性となるよう礼儀作法や社交の場によって異なる化粧の仕方、ファッションの知識等を徹底的に叩き込み、秘書として恥ずべきところのない女性に改良する。
以上の経過を踏まえ、更生処置より20日を掛けた本日、藤野詩織の更生が完了したことをここに報告する。
以下、彼女の現在の性格や社会的地位等の個人情報を抜粋して羅列する。下線部は今回の更生にあたって変更された箇所である。
更生者:藤野詩織
生年月日:7月26日
年齢:満22歳
性別:女
住所:東京都〇〇区××(一人暮らし)
所属:青原学院大学4年A組
性格:控えめでお淑やか、赤峰英一に対しては絶対的に従順
趣味:特に無し(スポーツ全般とあったものを削除)
就職活動の状況:公的に秘書とするため、第一志望のA社について内定辞退済み
また、別添の資料を確認の上、本件更生手続き完了の承認を○月×日までに頂きたい。
【資料:事情聴取録】
・貴女のお名前は?
ーー藤野詩織です。
・性別は男?
ーー女です。
・貴女の経歴を簡単に説明してください。
ーーはい。私は2000年7月26日に、藤野家の次女として生を受け、2007年に田板野小学校に入学。親の意向で中学受験をして、2013年に青原学院大学附属女子中等学校に入学。そのまま附属の女子高等学校を経て、現在青原学院大学に所属しております。
・ところで、先日まで自分のことを男性である堀内直哉と自称していたのは何故ですか?
ーー拘束されて精神が錯乱状態にあったからです。荒れる私の心を静めていただき、さらには自らを見つめ直す機会を与えていただき、誠にありがとうございました。
・貴女は堀内直哉と過去に何度か接触があったらしいが、彼に対してはどういった認識を有していますか?
ーーただ、私の身を脅かしてきた敵としてのみ認識しております。
・貴女はかつて男勝りな性格をしていたが、今の控えめでお淑やかな自分に対してどう思っている?
ーーこれが私の本来あるべき姿だったのだと考えております。
・以前の自分に未練はない?
ーーはい。かつての疎ましい私を拭い去ることができて、心から嬉しく思います。
・貴女のコンプレックスは?
ーー以前までは男性の方々の注目を集めてしまうこの胸の大きさがコンプレックスでした。ですが女性の魅力として評価されていること、赤峰様が巨乳を好ましく思っていらっしゃることを知り、今ではむしろ誇らしささえ感じております。
・秘書になるために内定を辞退した時、どんな気持ちでしたか?
ーー私は私の全てを以って赤峰様の行く道を支え、彼に忠誠を尽くすことを第一に存在しております。故に、私情を有したかつての自分を恥ずかしく思い、また辞退の際には晴れやかな気持ちになれました。
・秘書として、また女怪盗としての今後の意気込みは?
ーーはい。愚かにも偽善を尽くしてきた私ですが、ようやく自分の全てを捧げるべきお方に出会うことができました。この初心を忘れず、秘書としての肩書きに留まることのないよう、粉骨砕身、赤峰様の補佐を務めていけたらと思います。そしてこの持ち前の技術と経験を用いて、赤峰様の望む全てを手中に納め、彼に献上することでその一助になれたら、かつて義賊として無為に過ごしたモナリザとしてのあの日々も無駄ではなかったと、そう思える気がするのです。
・最後に、貴女の主である赤峰英一に挨拶をお願いします。
ーーはい。赤峰様、改めまして、私は藤野詩織と申します。先日はモナリザとして、恐れ多くも貴方様の事務所に土足で踏み入り、あまつさえ窃盗を働こうなどという愚行を犯してしまい、大変申し訳ございませんでした。
本来であればそのような大罪、この命をもってその贖いとするべきでしょう。しかし私は赤峰様の寛大なお慈悲によって生かされ、この更生処置を受け、遅ればせながら自分は貴方様の秘書…いいえ、奴隷となるべく生まれてきたのだと確信するに至りました。以後、貴方を私にとっての至上とし、貴方のためにのみ生きていくことをここに誓います。
不束者ではありますが、末長くよろしくお願いいたします。
以上
×××
「さて、最終確認といこうか。詩織ちゃん」
「はい、よろしくお願いいたします」
赤峰様と私は、これから情事に及びます。
レディーススーツを脱ぎ、ブラジャーを外し、ショーツを降ろせば、私は生まれたままの姿になります。
お気に召していただけたのか、赤峰様は私の裸体を見て、ご気分の良さそうな笑みを浮かべられました。
「んむっ……」
唇と唇とが重なり合い、彼の口から伸びる触手のような舌先を口内に受け入れ、私は蹂躙されるがままに、その濃密な接吻に浸ります。
生涯を捧げると誓った愛しの彼とひとつになれたその高揚感に、私は自らの下腹部がきゅんと疼くのを感じました。
抱き合い、お互いの温もりを確かめ合いながら、私はこのたわわに実った乳房を彼の胸部へと押し当てます。
疎ましかったこの胸ですが、赤峰様を喜ばせることができるものだと知り、以来豊胸マッサージを欠かさず続けております。効果のほどは定かではありませんが……。
柔らかな女体を堪能するかのように、赤峰様は私の至る所を撫で、揉み、そしてーー
「きゃっ……」
彼の凛々しいお口が私の乳首を摘まれました。柔く、それでいて刺激的な快感が私に甘美な苦鳴を強要させました。
『女子たる者、その身体を以って殿方に奉仕するべし』
私たち女性にとって初歩的な教えです。頂いてばかりではいけません。
赤峰様を優しくベッドへと押し倒し、再度唇を交わせます。水音の鳴るほど激しく淫猥に、そうして私の愛を伝えるのです。
先ほどまではおとなしかった彼の男根が、私の太ももに自己主張を始めました。その太く逞しい存在の尊さと、屹立の原動力が私であることの誇らしさとに心満たされるのを感じながら、私は柔らかな双丘でそれを挟み、さらに外側から両手で強く押さえ込むことでご奉仕に励みます。
歪む乳房から伝わるのは逸物の歓喜。女体に持てなされ一層存在感を高めるそれに、私も昂りを覚えます。
ただ、これだけで満足されてしまってはもったいないです。そう思い一度乳房による拘束を解き、そして私は、亀頭に口付けをしました。
一瞬、本当に一瞬、なにか後戻りのできない決定的な過ちを犯してしまったように感じられました。本能が現状への拒絶を訴えかけてくるような、不思議な感覚でした。
けれど私はそれを理性で抑え込み、自らの本分を全うすべく行為を再開します。
フェラチオ。女による男の人への屈服宣言。以後永遠に従順であることを誓う、これにはそういった意味合いがあると教わっております。ならば今この場で、私が彼にこれをしないのはおかしいことです。
唇、舌先、口内、果ては歯に至るまで、そこにある私のすべての物を駆使して、逸物を歓待します。脈動し、私の口をより強く圧迫するそれが、自らの女としての価値を新しく生み出してくれているようで嬉しい気持ちになりました。そして、彼が上にあり、私が下にあるかのようなこの姿勢がいかにも実体に即していて、私の自我を束縛し、より強固ならしめるのです。
「っ……くぷっ……ありがたく、頂戴いたしました」
赤峰様はご年齢に見合わず濃い精液をお出しになられました。私は更生時に受けた手解きの通りに一滴残さずそれを飲み干し、そしてお礼を申し上げました。
「詩織ちゃん、処女なんだってね?」
射精から間を置かず、赤峰様は仰いました。
「標的だったはずの僕にここを使われることになるとは、思いもしなかったんじゃないの?」
言いながら、私の股間へと手を伸ばし、そしてその指先が膣内に侵入していきます。
「っ……」
それこそ以前までの私であれば、自分可愛さに赤峰様を拒み、この場から逃れようとしたに違いありません。
けれど更生処置を受け、本当の自分を取り戻した今の私には、彼を受け入れる以外の選択肢など存在しませんし、また、私自身がそれを望んでもいるのです。
ですので、彼が私の秘部をより堪能できるよう、私は自ら股を開いて愛液の垂れた女性器を最大限に露出させました。
彼の指先がもたらす快楽は私に嬌声を上げさせ、また、私の持つ彼への愛と忠誠の心がより強まっていくのを感じました。
更生の際、私には自慰をする機会が何度かありました。年頃の女子でしたから、当然更生以前にも自慰は経験していましたが、その時に味わった快感は、なぜだかそれまでのものより数段と強烈で、甘美なものに感じられたのです。不思議なことにやり方もど忘れしていたり、拙い手際だったことに間違いはないのですが、それでも当時の私は不自然なほどの快感を得たのです。
「んやぁっ……ぁんっ……」
今、こうして私は、あの時の私なんかとは比べものにならない、魅力的なお方の手練によって、さらに飛躍した快楽を享受しています。
本当の女体とはこういうものなのだと、骨の髄まで叩き込まれているのです。
止めどなく押し寄せる滂沱の悦楽に意識を持ってかれ、私は彼の一動に遅れて気づくことになります。
すなわち、彼のそそり立つ男根が、いよいよ私の膣内へ差し込まれようとしていたのです。
「入れるよ」
「あ、はい……ぃっ……!」
私の応答など待つまでもなく、赤峰様はその太くご立派な逸物を私の体内へと収納させていきます。
瞬間、反射的に私の膣は引き締まり、侵入者を締め付けに掛かります。しかしそれは異物の存在を拒むのではなく、むしろ逃さないよう、蓄積された生命の種を排出させるよう促しでもしているかのようで、ただ当の私はそんな生理的活動の副産物にあてられて、
「あっ……あっ……♡」
言葉にならない喘ぎを漏らすことしかできません。
私は今日、本当の意味で、男の人とまぐわうために女体は存在するのだと、私は女なのだと理解するに至りました。そしてそれを私に教えてくださった方が赤峰様だと思うと、身に余る幸福に思考が破裂しそうになりました。
(愛おしい……)
赤峰様に抱かれ、女としての本懐を遂げれるこの幸せ。もし更生されていなかったら、愚かな私は未だ彼に歯向かっていたことでしょう。
私を捕まえてくださったあの人には感謝をしなければいけません。ええと、お名前は、確か……。
「……っ〜〜!!」
一際強烈な快感が、私の思考を洗い流していきました。前後に振られる腰の動きは激しさを増し、私たちの情事に終着が近いことを感じさせます。
(今、他の男性を思い浮かべるのは女失格ですね)
今はただ、目の前の彼だけを想い、ひとつになったこの身体が満たされること……そのことだけに頭が支配されているべきでしょう。
度重なる極上の刺激に視界は明滅し、もはや思考もままならない。そんな極限状態にあって、私は初めて心の満ち足りた私とは別にもうひとり、くすむ私がいることに気づいた。
(貴方は……)
目を離してはいけない気がした。あれこそが掴み取るべき、取り戻すべき本当の自分な気がした。
「出すぞっ……!!」
「は、いぃっ♡わたしにあなたのっ、いっぱいくださいっ♡」
が、私にとっての第一は赤峰様だから、今は相手にしていられません。もしまたお会いする機会があったら、その際は"私"のご主人様の魅力、とっくりとお教え差し上げましょう。
そうすればきっと、貴方も私になれるはずですから。
これ以上ないくらいの幸福感に包まれ、私にとって初めてのセックスは、こうして幕を下ろしました。
最愛の人に、最後に口づけを交わして。
×××
長きに渡る雌伏の時を経て今日、ようやく絶好の機会が訪れた。
この建物を見ると、あるひとりの男によって任務を阻まれた、あの日の苦々しい過去が脳裏を過ぎる。
「まあ、今回は頼もしい仲間もいるし、心配は無用かな♪」
「なにをぶつぶつ言ってるの、パパ」
まだ中学生だというのに、怪盗としての頭角を現す娘。モナリザの全てを叩き込んだのもあって、私を超える日もそう遠くはないように思える。
「いや、なんでもない。ここからは慎重に行くよ」
「了解」
いつもどおりにセキュリティを掻い潜り、そしてようやく私たちはたどり着いた。
「これが黒い噂の絶えない政治家、赤峰英一の機密書類……」
一族伝わる秘術を用いてまで…"22年積み重ねてきた本当の自分を捨ててまで"、暴かなければならなかった赤峰英一という男の素性。追いかけ続けた甲斐もあり、その実態は醜悪に満ちたものだった。
と、ふいに娘がぽつりと呟いた。
「にしても、ここに来るまで随分と大変だったよね」
「?どの辺が?」
特に大変に感じるようなセキュリティを抜けた覚えはないけれど、中学生からしたら少しハードだったのかな。
ところが娘の意図はそういったことではなかったらしい。
「あ、別に今日の潜入について言ってるんじゃなくってさ……ほら、これまでは私たちが忍び込もうとするたびに、色々不都合が起きたじゃん」
そう。もし神が存在するとしたら、私か娘か、あるいはその両方ともが彼に嫌われているのだろう。そう思わせるほど、赤峰英一の件では潜入の機会が折り悪く延期になり続けてきたのだ。
それかひょっとしたら、赤峰に加護でもあるのかもしれない。ともあれ、そんな意図的にすら感じる妨害がことあるごとに入り込み、私たちを鬱屈とさせてきたのだ。
「ま、こうして無事に怪盗の本分を全うできたわけだから、結果オーライだ…ね……?」
なんて朗らかに話す私とは対照的に、娘の表情は強張っていた。
彼女のその視線の先、そこにはひとつの影があった。
「手のひらの上とはまさにこのこと」
瞬間、部屋の照明が点灯し、その姿が判然とする。
腰まで伸ばされキメの揃った濡羽色の黒髪は首元で束ねられ、清潔感のあるポニーテール になっている。凛々しい顔つきの印象を裏切る眼鏡越しにも大きな瞳。端正な小顔には薄く化粧が施されていて、その美貌をささやかに強調していた。
身長は女性であれば高くもなく低くもない。ただ、同性であれば羨まれ、異性であれば魅了しかねない体つきをしている。
ワイシャツにタイトスカートという、女性の事務員であれば普通極まりないおとなしめの装い。その印象を大きく裏切るのは、服越しにも分かるはちきれんばかりに膨らんだ乳房と、スカートから伸びるスキンケアの行き届いた形のいい美脚。
「……まさか、こんなところで再開するなんてね」
ところどころに時の流れを感じさせる要素こそあるものの、そんな彼女の容貌は、かつての自分と重ね合わせるに十分過ぎて、
「申し遅れました。私、表向きでは赤峰英一の秘書をしております、藤野詩織と申しますーーこれからお二人の、"上司"を務めさせていただくことになります」
そして私の意識は、そこで途絶えた。
「歓迎しますよ、モナリザ。ふふっ……」