歪んだ私の行く末は(その2)
🕑 Added 2024-01-03 06:44:41 +0000 UTC
その1 ↓
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【2024年2月27日】
「も、萌香さん……」
朝、いつものように事務所に入ると、神妙な顔の智咲ちゃんが出迎えた。
「おはよ……って、なにどうかしたの?具合でも悪い?」
心配になって寄り添うと、彼女は聞こえるか聞こえないかの小さな声で、けれどはっきりと、おかしな疑問を口にした。
「萌香さん”も”、女性にされた元男だと聞きました……本当、なんですか?」
「……えーっと……」
元、男……それはつまり、高里萌香が、元々は男の人だったのかという意味の問いかけだろうか。
「……智咲ちゃん」
冗談の色は見られない。そんな彼女の至って真面目な雰囲気に、思わず”私”は苦笑を浮かべた。
「やだなぁ智咲ちゃん──誰にそんなこと吹き込まれたのかは知らないけど、”私が男の人だったわけがない”じゃない」
それはあまりにも荒唐無稽だったからだ。
生まれた当時の記憶こそ持ち合わせてはいないけれど、女子として育ち、歩んできた思い出が私にはある。
七五三のおめかしにはしゃいだ幼い私。
祖父から貰った赤いランドセルを両親に見せびらかす私。
初めての生理でお母さんに泣きつく私。
男女でグループが分かれ出す思春期、自然と男子たちから距離を置き、女子の輪に溶け込んでいく私。
姉のおさがりに甘んじた経験からか、お洒落に執着しなくなっていった私。
気になっていた男の子と同じ中学になり、内心嬉しがる私。
卒業式、勇気を出して告白して、晴れて結ばれ満面の笑みを浮かべる私。
高校生になってすっかり女らしくなった体つきに戸惑いながらも、男子が陰で私の大きな胸やお尻で淫猥な話をしているのを聞いて満更でもない気分になった私。
修学旅行、路地裏で私に想いを寄せる男子に無理やり唇を奪われ、すでにいる彼氏の存在を忘れたわけでもないのに、思わず下腹部をきゅんとさせた私。
長年付き合っている彼の進む大学に落ち、次第に疎遠になっていくことを寂しく思えなくなっていた私。
振袖を着て同窓の女友達と写真を撮る成人式の私。
慣れた手つきでお化粧を仕上げて、レディースのリクルートスーツを着こなし就活に臨む私。
上司からのセクハラや女子社員の不遇に耐えかね、士業の道を志した私。
そのどれもが、”私が女性であることを前提に辿ってきた人生”だ。
「それに、男の人が普通こんな体つきしてる?」
身なりや胸の膨らみ、声音だってそう。詳しい知識を持ち合わせているわけでもないけれど、今どきの性転換手術で、私を作り出せるとはとても思えない。私を男と判断できる要素なんて、なにひとつないはず。
「違います!思い出してみてください!あなたは大島さんに改変されて女性になってしまったんです!私には…僕には、あなたが男だった時の記憶なんてありませんけど、僕らはたしかに男だったんはずなんですっ!!」
「おはようございます」
智咲ちゃんの叫ぶような声と同時、事務所の入り口が開いた。
それから彼女の顔色が、一層青ざめていった。
「あっ、雅人くん。なんかね、智咲ちゃんがとっても調子悪いみたいなの」
「そうかい?だったら所長には僕から話しておくから、萌香は栗原さんを家まで送り届けてあげて」
雅人くんの提案に乗っかり、私は智咲ちゃんに肩を差し出した。当然私は男性の雅人くんほど力持ちではないけれど、体を密着させるわけだから、身長が近いのもあって適任は同性の私だろう。
と、そんな一連の流れを、智咲ちゃんはあろうことか自ら両腕で突っぱねた。
「ち、智咲ちゃん……?」
戸惑う私。
俯く彼女の表情は、落とされた影で窺い知れない。けれどその肩はわなわなと震えていて。
「……待って。待ってください……なんなんですか、その呼び方は」
「……へっ?呼び方?」
容体が優れないというのに、なんの話をしているのか。
そもそも私が彼女を『智咲ちゃん』と呼ぶことは、今に始まったわけでもないはずだけどな……。
「ごめんなさい。私、いつの間にか智咲ちゃんのこと、そういう風に呼ぶようになってて……馴れ馴れしいのは苦手だった?」
ところが彼女は首を横に振った。
「そうじゃないでしょ……僕が言ってるのは、萌香さんと大島さんが!お互いを”名前で”呼び合ってることですっ!」
悲痛の入り混じるようなその怒声に、私は一瞬あっけに取られた。
「……い、いや、でも」
なんとか言葉を絞り出す。同時に、羞恥の感情も一緒になって現れる。
「……そ、それを今話すのは、ちょっと恥ずかしいかなぁ……ね、雅人くん」
「──僕らはね、昨日…厳密には今日かな?付き合うことになったんだよ」
はっきりと言い切った雅人くんに、私は思わずジト目を向ける。
「……タイミングってものがあるでしょ、もうっ」
「けど、当の栗原さんが聞きたがってたわけだしさ」
「……」
無言の智咲ちゃん。彼女が何を考えているのか、私にはよく分からない。
「……じゃあ」
数秒の沈黙の後、彼女の腕が持ち上がり、そして人差し指が突き立てられた。
「僕の看病役は、大島さんでお願いします」
私の隣で、不思議と事態にそぐわぬ剽軽な顔を浮かべる彼に。
「ああ、分かった……君ならそれを求めるだろうね」
私が口を挟める雰囲気では、どうやらないらしかった。
彼女の立場として思うところはあるけれど、今は智咲ちゃんの容体を案じて……そして雅人くんを信じて、事務所に残るしかなかった。
───────
【2024年2月26日】
『……大島から?』
コール音を鳴らしてきた相手は大島だった。こんな時間に、俺にいったいなんの用事だろう。
『はい、もしもし』
とりあえず応答してみせる。内容が内容なら非常識だが、内容が内容なら話だけでも聞いておくべきだろう。
『ああ、高里さん。夜遅くにすみません』
同い年だというのにこの男は時折り畏まった物言いをする。どこか表情とちぐはぐに映るそれを、俺はあまり好ましく思っていない。
『気にしないで、とは言わないけど。用件次第かな』
牽制を軽口に含ませて返す。深夜のラブコールというわけでもあるまい。俺は単刀直入を望んだ。
『だったら問題ないはず。僕がこれから話すこと……それはあなたが女性化した元凶についてなんだからね』
『…………は?』
『まあ、端的に言って僕のことなんだけどさ』
言葉に詰まった。
俺の聞き間違いでなければ、それは”俺が元男だという情報を前提にして成り立つ台詞”だったからだ。
そして、その犯人が自分だと、大島は口にしたのだ。
『──つまりだ』
そして語られる内容は、世迷言と切って捨てるべき超自然的なあれこれで。
『どういうわけか自分でも分からないけど、僕は職場の人たちを男から女へと変えることができる』
しかしそれが真であることを、俺はこの身をもって体験してきてしまっている。
『現実世界もその性別の通りに再構築され、改変前後の違いを認識できるのは僕と改変された被害者のみ』
阿保みたいな長話でも、聞き続けざるを得ない状況。
『僕たちの事務所、女性比率が凄まじいだろう?あれは僕の力によるものさ。所長を含めて、全員女性化した結果なんだよ』
抱いた疑問は口にする前に、さもお見通しと言わんばかりにすぐさま補足されていく。
『なぜ全員、性別が変わる一大事にもかかわらず、平然と社会人を続けているのかって?高里さんがそれを聞くかい?……なんてね、君は特殊なパターンだよ』
まるで天気の話題でもするかのように、つらつらと言ってのける大島。
『答えは簡単。なんと僕の能力で女性化した人たちは、身体や世界の情報のみに限らず、その精神や記憶までもが改変されてしまうんだよ』
だから所長も含めて、全員が自分を生来の女性だと思って疑っていないのだという。
『ただし”年下に関しては、精神面の改変は対象外”らしい。例えば後輩の栗原智咲。彼女も僕が改変を施した元男なわけだけど、栗原さんはしっかり男としての記憶も精神も引き継いでいるよ。今も女子社員として頑張っているのは、歪んだ世界を見限らず、難病の母親に仕送りを続けるためだね。いやはや、泣かせる話じゃあないか』
もっとも、女性として生きることがあまりにも定着しすぎた今、彼女に真実を打ち明けたところで、男に戻るための行動を起こせるかは疑問だけれど、と加えた。
『なぜ自分になんら得のない異能を他人に振るうのか?いやいや、得ならあるでしょ。僕も男だ。むさ苦しい男の集団に混ざるよりよっぽどいい。君みたいな逸材を掘り出せることもあるしね……さて、ご清聴ありがとう高里萌香さん。それじゃあ最後に言い残すことはあるかい?』
ひとしきりの説明を締めくくり、大島は俺にそう問いかけた。
『──”最後”?』
大島の発した不穏な言葉に、俺は反射でその意味を聞き返す。
『……ひょっとしてさ、高里さんは僕の長話を聞いて「悲劇のヒロインたる私に、反撃のチャンスが巡ってきた!」なんて考えてるわけじゃないよね?』
その嫌味なワードセンスを、俺は無視して尋ねる。
『諸悪の根源がこうして事実を暴露してきたんだから、被害者としては相応の反撃を考えて然るべきでしょ?』
『いやいや、どうして諸悪の根源がわざわざ自分に不利な情報を自分から露呈させるのさ?──今のこのやりとりはさ、僕から高里さんへの”勝利宣言”なんだよ?』
どういうつもりで大島は勝利を確信しているのか、理解に苦しむ。
そもそも彼の言う勝利がどういうものを指しているのか。それは、俺の敗北を意味するものなのか。
『よく分からないけど……わた…俺がこの話を智咲ちゃんにも教えたら、まあ少なくとも今より君が居心地悪い思いをするのは確かだし、なんなら夜道にだって気を付けないといけなくなるんじゃない?』
さすがに警察に駆け込んで泣きついたところで悪事の立証は不可能だろうけれど、俺と栗原が被害者同士の徒党を組むことが大島にとってまったく悪影響のない変化だとは到底思えない。
『栗原さんには明日僕が説明してあげるから、高里さんに面倒は掛けないよ』
『いや、自分が何を言ってるか分かってるの?だから、それを智咲ちゃんに話したら──』
『僕がそれを栗原さんに話したとしても、僕の敵役が務まる人間は結局彼女ひとりだけだよ』
くふっ、と嫌味たらしい微笑とともに、大島は言った。
『ところで明日は高里さんの誕生日だったね』
『……それがなに?敵意剝き出しの俺を、今さら君が祝ってくれるの?』
『まだ気づかないのかい?明日、君はひとつ歳を重ねるんだよ……つまり、”僕より年上になる”んだ』
一瞬、思考が固まった。
大島の能力は、対象が年上であれば精神面に関しても及ぶ。対象が年上でなければ精神面に関しては及ばない。
だから所長らは自分が改変されて大島のおもちゃになっている自覚なんてないし、栗原は精神と肉体、さらには改変世界との乖離に苦しみながらの生活を続けていることだろう。
大島と同い年だった自分は、どうだろう。
年上にしか効かないのであれば、控除的に考えて俺の精神面は能力の対象外……”だった”。
今の時刻は……23時58分。
『高里さん、なかなか面白い見世物だったよ。なんとか地位にしがみつこうって女性の社会人として順応していくその様は実に滑稽で……けど、そろそろお別れだ。高里萌香という人間が、いったいどんな女性に完成するのか、僕にはそれも楽しみで仕方ない』
俺はスマホを放り投げ、慌ててペンとメモを手に取った。
世界の改変自体はここからさらに更新されることがないと仮定して。であれば、メモに今聞いた真相を書き残しておけば、もしかしたら明日の俺が違和感に気づいて、そして大島の正体に至るかもしれない。
記憶を改変されない栗原の非現実的な言い分を聞き入れて、彼女と協力して大島の悪事を打ち壊す自分がいてくれるかもしれない。
『ええっと……!まず、俺の名前は高里──』
…………。
『高里……”萌香”、だよね?』
あれ?どうして私、自分の名前をメモ書きなんてしてるんだろ。
『あ、スマホ落としちゃってる……ていうか、そうだ。私いま、大島くんと通話してたんだったっけ』
今日は私の誕生日。いの一番にお祝いの言葉を伝えたいなんて言われたものだから、彼の負担になるとも思いつつ、日を跨ぎながらの電話を拒めず、こうして他愛のない会話を続けていたんだった。なんで忘れてたんだろ。
『♪』
お祝いの言葉を貰えて上機嫌な私。しかしもう寝ないと翌日の仕事に響くと彼からの正論。
そのときだった。つい、私の本心が言葉になって漏れ出した。
『……もっと、一緒にいたいな』
数秒か、あるいは体感でいえば何十秒にも思える沈黙が流れた。
『ご、ごめん。変なこと言っちゃったね。じゃあ、また明日……』
けれど言いかけた別れの言葉を遮るかのように、彼の声がその上から重ねられて。
『……ありがとう。私、すっごく嬉しい……最高の誕生日プレゼントだよ』
───────
【2024年3月5日】
それから間もなく、智咲ちゃんは事務所を辞めていった。
あの日、彼女にとってなにか大きな出来事があったのはなんとなく察していた。ただ事情を知らない私には、何の力にもなってあげることはできなかった。
悩みを抱えていたのだろうか。相談に乗ってあげることができていたら、どうにか違った結末を迎えていたんだろうか。
「もしかしたら、智咲ちゃんも雅人くんのことが好きで……?」
そんなことを、しばしば取り留めもなく考えてしまう。
ただ一言、彼女から伝えられたあの言葉だけが確かに記憶に焼きついていて。
『半年後の8月18日、あなたを迎えに行きます』
それは奇しくも、雅人くんの誕生日と同じ日で。
×××
【2024年8月18日】
女性専用車両は、私の利用する路線では先頭に配置されている。そのことを少し不便に思いながらも、女性として利用できるものはありがたく利用させてもらおうと、ヒールを鳴らして駅のホームを歩き続けた。
電車に揺られて15分。降車駅から歩いてほんの数分の距離に、私の勤める事務所はある。
「約束通り、会いに来ましたよ」
今日もお仕事頑張ろう。内心そう意気込む私の前に、見知った顔が現れた。
「萌香さん……って呼んだら間違いでしょうね。僕はあなたの本名を知りませんので、とりあえず名字で呼ばせてもらいます……高里さん」
彼女の名前は栗原智咲。私の、元同僚だ。
「まだ勤務時間外です。今のあなたに、女性の振りをする必要なんてありませんよね?」
それは私が元の記憶や男性としての意識を取り戻していることを念押ししているようだった。
8月18日。それは大島雅人の誕生日で、すなわち私と彼とは、今日から半年の間だけ、また同い年になる。
私は高里和樹としての自我を取り戻し、であれば、同じ被害者であり事情を知る栗原智咲と一緒になって、大島雅人に対抗していく流れが、きっと当然に違いなかった。
けれど。
「──ごめん、智咲ちゃん。私はもう、この世界には抗えないの」
「……え?」
けれど普通の選択肢を、今の私は選べない。
──────
【2024年2月27日】
『── え、ちょっと』
背後から回された彼の両手が、私の胸を掬うように持ち上げた。そしてくすぐるようにその指先は優しく乳首を弄び出す。
『……もうっ』
ぞわりとした。けれどそれは身の毛のよだつ類ではなく、むしろ身体が気持ちよく溶かされていくような感覚に近くて、気づけば私の声音は媚びるような嬌声へと成り代わっていた。
『……』
彼の両腕を掴み取る。
引きはがそうというのではない。それは「このまま続けて」という私からのボディタッチだった。
お尻をふりふりと、背後の彼に擦り付けることで私は始まるこれからの情事に同意を示した。彼からの求愛に、私は応諾したのだ。
『引かないでね?』
そう前置きをして、私は雅人くんに乙女にあるまじき痴態を告白した。
『私、いつか雅人くんとこんな関係になれたらって……今日っていう日のために、ずっとえっちなことを我慢し続けてたの♡』
溜め込まれた性欲を彼との情事で発散できたら、それはどれほど気持ちのいいことだろうか。そんな変態チックな妄想を実現できるという事実に、私の秘部は愛液を滲ませてくる。
晴れて両想いとなった今日。私は彼を自宅へと招いた。
一人暮らしの小さな部屋に、男と女がひとりずつ。
衣擦れの音が室内に響く。心臓の音が喧しい。
どちらともなく近づくお互いの顔。そして交わされる唇。
上気する頬はきっとお風呂あがりとは違う理由からなるもので、触れ合う素肌の温もりだって、彼とじゃなかったらここまで私を暖かくはしてくれなかったことだろう。
『──んっ』
名残惜しくも唇が離れていく。私は背伸びをやめて、それから彼をゆっくりと抱き寄せた。
ところが少しでも彼とたくさん密着していたい私の気持ちに反して、この胸に引っ付いた大きな乳房が私と彼との物理的な壁になった。
『きゃっ……』
けれど彼は力強く私を手繰り寄せ、自前の逞しい胸筋でその壁を強引に押し潰した。柔らかなそれは外部からの圧力に成す術もなく、ただ不格好にその形を歪めて、ふたりの有り様を受け入れた。
『……ふふっ』
私は知っている。男という生き物は女性の大きな胸を押し当てられたりすると喜ぶのだと。
なぜなら私は──そういう話を、彼氏のいる友達から聞いたことがあるから。
だからきっと今、雅人くんは私のこの女体を堪能してくれているに違いない。
『……』
けれど女の私に、男性から見た女体の価値なんて真に理解できるはずなんてなく。
だから自分がちゃんと必要とされているのか、そんな不安を押し殺したくて……彼にもっと愛してほしくて、私は彼へのご奉仕を始めた。
学生時代は若干のコンプレックスでもあったこの大きな乳房が、今は私の存在価値を高めてくれる頼もしい相棒のように思える。
いつしか双丘は彼の手へと渡り、彼の性欲を満たす道具として乱雑に扱われ始めた。
『んぅ……あん……♡』
自分の身体が彼の役に立てているという充足感。遅れて滲み出す私自身の性的快感。
嫌悪感なんて、湧くはずもなかった。
『……っ……!』
白濁とした液体が、私の顔面に飛び散った。
私はそれを嬉しく思った。
私の身体が、彼からそれを射出させたのだ。彼女として、嬉しくないわけがなかった。
『……♪』
ぺろりと舌なめずりをすれば、苦みのあるそれが私の口内へと至る。味をよく確かめてから、私はごっくんと飲みこんだ。
お互いがお互いの身体を確かめ合っていく。
『(私のとは違う、男の人の逞しい身体……)』
今日ほど自分を女性だと自覚した日はなかった。本能が、目の前の番を求めて止まない。
沸々と湧き上がる愛情と興奮がピークに達して、やがて私は仰向けに転がり、そして彼は馬乗りになった。
掴まれた肩はまるで動かすことができない。それだけ男女の力関係は明確で、非力な私はただ彼の望むままにこの身体を明け渡す他ない。もっともそれが私の望みでもあるのだから、拒む理由なんてなにひとつないのだけれども。
『……男の人のって、こんなになるんだ……』
初めて見る異性の生殖を目前にした姿に、私は昂ぶりと同時にいくらかの不安を覚えた。
こんな大きなものが、自分の身体に入りきるものなのだろうか。彼とはひとつに繋がりたいけれど、痛いのは当然いやだ。
それからもうひとつ──”後戻りのできない、渡ってはいけない橋でも渡ろうとしているかのような”漠然とした緊張感があった。
『──大丈夫だよ、萌香。君は女性なんだ。だからその身体が僕と突き合わさることは、なんの問題もないことだよ』
そんな私の複雑な感情を、しかし彼の優しいひと撫でが吹き飛ばしていく。撫でられた私の頭には、どこからともなく現れたおかしな負の感情はもう消え失せていた。
『んぅ……あっ……♡』
そり立つ彼の肉棒を、私の女性器が受け入れた。長く待ちかねた対の存在を前に、膣内はすでに愛液で塗れていた。
『ん、ふぅっ……!』
差し込まれた男根が私の肉壁を刺激する。彼が上下に腰を振るその度に、私は経験したことのない快楽を享受させられていく。
『(こんなのぉ…私の知ってるオナニーとはっ、ぜんぜんちがっ……!)』
さらに彼の手が私の胸へと向かう。
指先でコリコリと、すっかり屹立した私の乳首を弄んでいく。
『ちょっ…!それぇ、ずるいぃ……♡』
とめどなくあふれる性の悦楽に、私は思わずストップを願い出る。
『あっ、だめ!だめぇっ!まさ、いちど!と、とまってぇっ……♡』
けれど私の嘆願を、彼は意にも介さなかった。
『だめってっ、いってるのにぃっ……♡』
どころかその腰は一層早く、力強く振られていって。
『……っ!ね、くるっ♡きちゃうっ、よぉ……♡』
なんとか身をよじりその場から逃れようとする私を、しかし彼は逃さない。
自分を蹂躙する男の体。今この場でそれに逆らう術なんて、か弱い女である私には、持ち合わせようがなかった。
未知への恐怖と女としての本懐を果たせる悦びとが、ごちゃ混ぜになっていく。
………♡
………♡
………ぁ♡
『……っ♡……んふふぅ♡』
──そしてそれらを上回る圧倒的な気持ちよさが、ようやく私を支配した。
『もっとっ♡もっとぉ♡』
自分でも信じられないくらいの猫なで声。自然と吊り上がっていく口角。
気づけば両脚は彼の下半身にがっしりとしがみつき。膣内もまた情事を手離すまいと、あるいは搾り取るようにきゅうと男根を締め付けていく。
今はただ、この情動のままに。
『やっらぁ♡うれしぃ…なぁっ♡』
太くて硬い肉棒が、私の中で脈打っていて……それが、たまらなくたまらない♡
ろれつも、あんまりになってきて♡あたま、まわらないよぉ♡
『すきっ…♡すきぃっ…♡わたしっ…んふ♡』
だいすきだから♡まさとくんっ♡わたしを、めちゃくちゃにしてほしいの♡
『ッ~~~♡……………………ぁ、はっ♡』
最高潮を迎えて、ぐったりと横たわる私たち。
たぷん。ナカに注いでもらったそれが、私の股から滴りこぼれる。
『……えへへぇ、すきぃ……』
彼の胸部に頭をすり寄せ、包まれるような安心感を噛みしめながら、私は意識を手放した。
──────
【2024年8月18日】
私はこの半年間、彼との温もりに浸され続けた。
そして今ではもう、大島雅人という存在に篭絡されきってしまった。自分が女性をしているこの世界に懐柔されきってしまった。
心身ともに、骨の髄まで、私は彼の…”男”という存在の、虜にされてしまっていた。
だから私はもう、どうしようもなく”女”だった。
この半年間の記憶が、私に高里和樹であることを拒ませ、そして”大島萌香”であることを受け入れさせてしまっていた。
だから私は、智咲ちゃんの提案を、一片の迷いもなく断れてしまった。
「──そんな私のこと、だけど智咲ちゃんならもう理解できちゃってるんでしょ?」
彼女は今この場で、メンズからは程遠く、ユニセックスとすら言い表せない女性らしさを湛えた服装を着こなしている。
「女でいることを捨てようって子が、”私たちにとって”これ以上ない自然な装いを、するはずがないよね?」
そもそもの話、どんな自意識を持ち得ようとも、この歳まで女性ホルモンを受け入れ続けたその脳が今さら男性のつもりをしていられるはずなんてなかったのだ。
だから私は半年前の誕生日を迎える以前からすでに、自分が女でいることにさほどの嫌悪を抱けずに、そして男の人としての未練を保てずにいた。彼に身体と世界を改変されたあの日から、私たちの進むべき道は決まり切っていたんだって、今なら断言することができる。
「……」
口を閉ざす彼女に、しかし不服の色は見られない。
もしかしたら、彼女は肯定されたかったのかもしれない。
近い境遇を持つ私に、今の自分を受け入れるための一押しを……男としての自分と決別するための介錯を、私に委ねたかったのかもしれない。
栗原智咲は、無言のまま立ち去っていった。
そんな彼女が最後に見せた横顔はどことなく晴れやかで、今の自分もそんな風になれているに違いないって思えてしまえる私は、やっぱり彼に歪められた被害者のひとりなんだろうなと改めて感じた。
「────おはよっ」
彼の姿に、気持ちが浮き立つ。
「また、しばらくよろしくね♡」
こうして高里和樹の人生は、終わりを迎えたのだった。